前回は、住み慣れた家を手放すかどうか迷ったときに、何を考えればよいかをお話ししました。今回は、名義を放っておいた家で、何が起きるのかというお話です。
私が実際に関わった事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。
そのご家族では、おじいさまの家の名義が、亡くなってから20年近くそのままになっていました。いざ手続きをしようとしたとき、ご家族は迷路のような相続に入り込むことになりました。
特別な家の話ではありません。名義を放っておくと、どの家でも起こりうることです。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。
「そろそろ登記、やらないとな」
おじいさまが遺した、古い一軒家がありました。登記簿を見ると、そこにはまだおじいさまの名前が記録されていました。亡くなってから、20年近くたっていました。
「そろそろ登記、やらないとな」。お孫さんのひとり、Aさん(仮名)がそう思い立ったのが、始まりでした。
Aさんが司法書士に相談すると、こう言われました。「相続人が多いですね。順を追って、整理しましょう」。
おじいさまには、前の奥さまと、後の奥さまがいました。それぞれの間に、子どもがいます。そして、その子どもたちの中にも、すでに亡くなっている人がいました。
誰が相続人で、どこまでたどればいいのか。一つずつ整理していくしかありませんでした。
相続人をたどると、9人になっていた
相続が重なったときは、亡くなった順に、一つずつたどっていきます。相続登記も、本来は、この順番で一つずつ積み重ねていくものです。
持分の大きさを比べやすいように、ここからは分母を32にそろえて書きます。
① おじいさまの相続
おじいさまが亡くなったとき、相続人は5人でした。後の奥さまと、4人の子どもです。
- 後の奥さま:2分の1(=32分の16)
- 前の奥さまとの長女(Aさんの母):8分の1(=32分の4)
- 前の奥さまとの長男(Aさんの叔父):8分の1(=32分の4)
- 後の奥さまとの長女:8分の1(=32分の4)
- 後の奥さまとの長男:8分の1(=32分の4)
ところが、名義をそのままにしている間に、この5人のうち4人が、次々に亡くなりました。いまも健在なのは、後の奥さまとの長女だけです。
亡くなった人が持っていた持分は、その人の相続人に引き継がれます。このように相続が重なっていくことを、「数次相続」といいます。
② Aさんの母の相続
最初に亡くなったのは、Aさんの母です。持分の32分の4は、夫(Aさんの父)に32分の2、Aさんと妹に32分の1ずつ引き継がれました。
その後、Aさんの父も亡くなり、父の32分の2は、Aさんと妹に32分の1ずつ引き継がれました。
- Aさん:32分の1+32分の1=32分の2
- 妹:32分の1+32分の1=32分の2
③ 後の奥さまの相続
次に亡くなったのは、後の奥さまです。持分の32分の16は、後の奥さまとの長女と長男に、32分の8ずつ引き継がれました。
ここで、2人の持分が大きくなります。おじいさまから受け継いだ分に、母から受け継いだ分が加わるからです。
- 後の奥さまとの長女:32分の4+32分の8=32分の12
- 後の奥さまとの長男:32分の4+32分の8=32分の12
なお、前の奥さまとの子ども(Aさんの母や叔父)は、後の奥さまと養子縁組をしていなければ、後の奥さまの相続人にはなりません。
④ Aさんの叔父の相続
その次に亡くなったのは、Aさんの叔父です。持分の32分の4は、再婚相手の方と、叔父の子(Aさんのいとこ)に、32分の2ずつ引き継がれました。
その後、再婚相手の方も亡くなりました。その方の32分の2は、その方が前の結婚でもうけた2人のお子さんに、32分の1ずつ引き継がれました。
⑤ 後の奥さまとの長男の相続
最後に亡くなったのが、後の奥さまとの長男です。③で大きくなった持分の32分の12は、配偶者に32分の6、2人の子に32分の3ずつ引き継がれました。
たどり着いた先は、9人・分母32
こうして、最初は5人だった相続人が、9人になりました。
- 後の奥さまとの長女:32分の12(①の4+③の8)
- 後の奥さまとの長男の配偶者:32分の6(⑤)
- その子(2人):それぞれ32分の3(⑤)
- Aさん:32分の2(②)
- 妹:32分の2(②)
- 叔父の再婚相手が、前の結婚でもうけたお子さん(2人):それぞれ32分の1(④)
- 叔父の子(Aさんのいとこ):32分の2(④)
9人の持分を合計すると、32分の32。ちょうど1になります。
Aさんの持分は、32分の2でした。
ここで、見落としやすい点があります。叔父の再婚相手が前の結婚でもうけた2人のお子さんは、叔父とも、おじいさまとも、血のつながりがありません。それでも、亡くなった再婚相手の方の相続人として、おじいさまの家の持分を引き継いでいます。
Aさんのご家族は、血のつながりも面識もない方と、同じ家の権利を分け合う関係になっていたのです。
相続が重なると、最初に亡くなった人とは血のつながりのない人が、その後の相続を通じて、不動産の持分を取得することがあるのです。この9人の中には、会ったことのない人も、連絡先を知らない人もいました。
なぜ、名義はそのままだったのか
20年近く、誰も動かなかったわけではありません。そこには、いくつかの出来事がありました。
財産の中身が分からないまま、署名した
おじいさまが亡くなったとき、遺産分割協議書が作られました。ただ、Aさんの母には、どんな財産がどれだけあるのか、説明がありませんでした。母は、いわゆる「ハンコ代」として数十万円を受け取り、協議書に署名することになりました。
そして、この家については、誰が引き継ぐのかが決まらないまま、遺産分割が済んでいない状態で残りました。
Aさんは母に、「納得できないなら、そう伝えたほうがいい」と話しました。けれども母は「そんなことはできない」と言い、話はそのまま進みました。
財産の中身を知らないまま署名した協議書でも、原則として有効です。あとから「知らなかった」と言っても、やり直すのは簡単ではありません。署名する前に、財産の一覧を見せてもらうことが大切です。
説明のないまま、判を求められた
後の奥さまが亡くなったあと、後の奥さまとの長男が、おじいさまの家の名義を移そうと動きました。自分がひとりで家を取得する内容の遺産分割協議です。
Aさんにも電話がありました。「書類に実印が要るので、印鑑証明書を取ってきてほしい」。けれども、協議の内容について、説明はありませんでした。おじいさまの相続のときにも説明がなかったことが、Aさんの心には残っていました。
Aさんは、「内容の分からないものに、判は押せません」と断りました。その後も説明はなく、Aさんも、それ以上は動きませんでした。
それから数年後、後の奥さまとの長男は亡くなりました。家には今、その配偶者の方が、ひとりで住んでいます。
ふり返ると、名義が動かなかった理由は、法律の難しさだけではありませんでした。説明がないまま、判だけを求められたことが大きかったのです。説明のない相続は、次の相続のときに、協力を得られなくなります。
最後に残ったのは、返事のない相続人でした
話を、Aさんが司法書士に相談したところに戻します。
一人ずつ連絡先をたどっていき、最後に残ったのが、いとこ(叔父の子)でした。
戸籍の附票をたどると、住所は分かりました。けれども、連絡をしても、返事がありません。
相続人の住所をたどるときは、戸籍の附票が手がかりになります。住所の移り変わりが記録されているからです。なお、住民票の除票や戸籍の附票の除票は、以前は5年で廃棄されていましたが、令和元年(2019年)6月20日から150年保存になりました。ただし、この改正の時点で、すでに5年の保存期間を過ぎて廃棄されていたもの(平成26年(2014年)6月19日以前に消除または改製されたもの)は対象にならず、取ることができません。
司法書士からは、こう説明を受けました。「返事をいただけない相続人がいる以上、このままでは遺産分割協議はまとまりません」。
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。1人でも欠けていれば、成立しません。9人のうち8人が合意しても、進められないのです。
ただし、名義をまったく動かせないわけではありません。遺産分割協議がまとまっていなくても、法定相続分に従った相続登記をすることはできます。相続人の一人から申請することもできます。
ところが、共有名義にしても、家全体を売るには、原則として共有者全員の同意が必要です。返事のないいとこの同意が得られない以上、話し合いだけでは、売ることも、建て替えることも、進められない状態は変わりません。
いとこからは、いまも返事がありません。そしておじいさまの家には、いまも親族のひとりが住んでいます。登記簿の名義は、おじいさまのままです。
返事をしてくれない相続人がいるとき
こうした場合も、何もできないわけではありません。まず知っておきたいのは、「住所は分かるけれど、返事がない」のと、「どこにいるのか分からない」のとでは、使える手続きが違うということです。
住所は分かるが、返事がないとき
- 遺産分割調停:家庭裁判所に申し立て、調停委員を交えて話し合います。裁判所から呼び出しが届くため、手紙には応じなかった人が、出てくることもあります
- 遺産分割審判:出席しないなどで調停がまとまらないときは、審判の手続きに移ります。裁判官が、一切の事情を考えて分け方を決めます
どこにいるのか分からないとき
- 不在者財産管理人の選任:家庭裁判所に申し立てて、行方の分からない相続人の財産を管理する人を選んでもらいます。管理人は、家庭裁判所の許可を得たうえで、遺産分割協議に加わることができます
- 所在等不明共有者の持分を取得する裁判(令和5年4月から):行方の分からない共有者の持分を、ほかの共有者が取得できるようにする制度です。ただし、相続した持分を対象にするには、原則として、相続が始まってから10年を経過していることが必要です
このご家族の場合、いとこの住所は分かっています。ですから、行方の分からない人のための制度ではなく、調停や審判を考えることになります。
ただ、調停や審判は、費用や時間がかかるうえ、親族を裁判所の手続きに呼ぶことにもなります。進めるかどうかは、弁護士などの専門家に相談して決めることになります。
Aさんがしたのは、相続人申告登記でした
令和6年4月1日から、相続登記が義務になりました。不動産を相続したことを知った日から3年以内に、相続登記を申請しなければなりません。義務化の前に始まった相続も対象で、その場合の期限は令和9年3月31日です。正当な理由がないのに申請しないと、10万円以下の過料の対象となることがあります。
遺産分割がまとまらない場合、義務を果たす方法は二つあります。法定相続分に従って相続登記をするか、相続人申告登記をするかです。
Aさんは、相続人申告登記をしました。「自分が相続人の一人である」ことを法務局に申し出る手続きです。法定相続分での登記とくらべて、必要な書類が少なく、簡易に済ませられます。
ただし、この手続きでできることとできないことは、はっきり分けて知っておく必要があります。
- できること:申し出た相続人の、相続登記の申請義務を果たしたことになります。相続人のうち1人でも申し出ることができます
- できないこと:名義は移りません。登記簿の名義はおじいさまのままです。売るときには、あらためて相続登記が必要になります。そして、このご家族の場合は、登記をしても、通常の方法では、全員の同意がなければ家全体を売却できません
- ほかの相続人の義務:申し出た人の分だけです。ほかの相続人の義務まで果たしたことにはなりません
相続人申告登記は、義務を果たすための手続きであって、解決ではありません。Aさんにできたのは、ここまででした。
おじいさまの代で、決めておいてもらえていたら
振り返ると、いちばん手がかからなかったのは、おじいさまが亡くなったすぐあとでした。
そのときの相続人は5人です。全員が元気で、連絡もつきました。実際に、遺産分割協議書も作られています。そのときに、財産の中身をきちんと説明したうえで、誰が家を引き継ぐかを決め、名義まで移しておけば、それで終わっていた話です。
時間がたつほど、次の四つが重なっていきます。
- 相続人が増える:亡くなる人が出るたびに、その人の相続人が加わります
- 関係が遠くなる:会ったことのない人、名前しか知らない人と話し合うことになります
- 応じてもらえない人が出る:1人でも連絡がつかない、返事がないとなると、協議はまとまりません
- わだかまりが残る:前の相続で説明がなかったことが、次の相続で協力を得られない理由になります
「祖父が生前に、もう少しだけ準備をしてくれていたら」。Aさんは、そう話しておられました。
自分の代で、できること
起きてしまったことは、もう取り戻せません。ですが、自分の代で同じことを起こさないことはできます。
- 名義は、相続のたびに決めて、移しておく。「いつか誰かがやるだろう」は、進みません。気づけば、自分が「その誰か」になっています
- 財産の中身を、家族に説明しておく。何がどれだけあるのか分からないまま判を求められても、人は応じにくいものです。財産の一覧を残しておくことが、次の相続での協力につながります
- 遺言書で、誰が引き継ぐかを決めておく。遺言書があれば、遺産分割協議を経ずに手続きを進められる場面が多くなります。遺言書の作り方は、第2回でお話ししています
- 家族の名義の不動産を、確認しておく。親や祖父母の名義のまま、放置されているものはないか。固定資産税の納税通知書に添えられた課税明細書が手がかりになります。亡くなった方の名義の不動産は、令和8年2月に始まった所有不動産記録証明制度で、法務局に一覧で出してもらうこともできます
- 親族の連絡先を、分かる範囲で残しておく。相続人をたどるとき、いちばん時間がかかるのは連絡先です
まとめ
- おじいさまが亡くなって20年近く、家の名義はそのままでした。相続人をたどると9人、持分の分母は32になっていました
- 名義を放っておくと、亡くなる人が出るたびに相続人が増えていきます(数次相続)
- 遺産分割協議は相続人全員で行う必要があります。1人でも応じてもらえないと、まとまりません
- 遺産分割協議がまとまっていなくても、法定相続分に従った相続登記はできます。相続人の一人から申請することもできます。ただし家全体を売るには、原則として共有者全員の同意が必要です
- 相続が重なると、最初に亡くなった人とは血のつながりのない人が、その後の相続を通じて持分を取得することがあります
- 財産の説明がないまま判を求めると、次の相続で協力を得られなくなることがあります
- 返事のない相続人がいるときは遺産分割調停・審判、どこにいるか分からないときは不在者財産管理人など、状況によって使える手続きが違います
- 相続登記は令和6年4月から義務です。それ以前の相続は令和9年3月31日が期限です
- 相続人申告登記は、申し出た人の義務を果たすための手続きです。この手続きだけでは名義は移らず、売ることもできません
- いちばん手がかからないのは、最初の相続のすぐあとです。自分の代で、決めて、移しておきましょう
不動産の相続は、「いつか誰かがやるだろう」では、何も進みません。そして気づけば、あなたが「その誰か」になっているのです。
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増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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