不動産の生前対策(実勢価格・小規模宅地等の特例・共有名義・収益物件・空き家・売る時期・相談先)

生前対策



前回は、生命保険の活用についてお伝えしました。今回は、生前対策のなかでも、もっとも判断が難しい「不動産」です。

私は不動産売買に32年携わってきましたが、相続の現場で、とくに揉めやすいのが不動産でした。預貯金なら1円単位で分けられますが、家や土地はそうはいきません。しかも、良かれと思って生前に動かした結果、かえって税負担が重くなったり、使えたはずの特例が使えなくなったりすることがあります。今回は、1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、不動産の生前対策で押さえておきたい判断の軸を、実務の経験からお伝えします。


なぜ、不動産がいちばんもめるのか

理由は3つあります。

  • 分けられない:ひとつの家を、きれいに半分にはできません
  • すぐに現金にならない:売ると決めても、買い手がつくまでに数か月かかることもあります
  • いくらの価値なのか、意見が分かれる:相続人それぞれが、違う金額を思い浮かべています

とくに3つ目が曲者です。「あの家は3,000万円くらいだろう」「いや、1,500万円がいいところだ」——この認識の差が、そのまま感情の対立になります。不動産の話し合いは、金額の共通認識がないところから始まってしまうのです。


まず「いま、いくらなのか」を知る

ですから、生前対策の出発点は、対策そのものではありません。お持ちの不動産が、いま実際にいくらで売れるのかを知ることです。

ここで注意していただきたいのが、「相続税評価額」と「実際に売れる価格(実勢価格)」は別物だということです。

  • 相続税評価額:相続税を計算するための金額。土地は路線価などをもとに算出します
  • 実勢価格:実際の取引で成立する金額。立地・形状・道路づけ・建物の状態などで大きく変わります

一般に、土地の路線価は公示価格の8割程度を目安に設定されているとされています。ただし、これはあくまで目安です。実際には、相続税評価額より高く売れる不動産もあれば、評価額どおりに売れない不動産もあります。とくに、再建築できない土地、接道条件の悪い土地、傾斜地、古い借家が建っている土地などは、評価額と実勢価格が大きく離れることがあります。

「相続税評価額は2,000万円だったのに、実際には800万円でしか売れなかった」というケースを、私は何度も見てきました。納税資金の計画を評価額で立てていると、この差が致命傷になります。

まずは、宅地建物取引業者に査定を依頼して、実勢価格の目安をつかんでおきましょう。対策を考えるのは、そのあとです。


生前に動かす前に|小規模宅地等の特例

不動産の生前対策で、もっとも見落とされやすく、影響が大きいのがこれです。

小規模宅地等の特例とは、亡くなった方が住んでいた宅地などについて、一定の要件を満たす場合に、相続税の課税価格に算入する金額を大幅に減額できる制度です。

  • 特定居住用宅地等(自宅の敷地):330㎡までの部分について80%減額
  • 特定事業用宅地等(事業に使っていた宅地):400㎡までの部分について80%減額
  • 貸付事業用宅地等(賃貸アパートの敷地など):200㎡までの部分について50%減額

たとえば、自宅の敷地が5,000万円と評価され、その全体が特例の対象になると仮定すると、要件を満たせば1,000万円として計算できることになります。影響の大きさが、おわかりいただけると思います。なお、330㎡を超える部分がある場合などは、減額の対象となる部分を分けて計算します。

【重要】生前に贈与した宅地には、原則として使えません

ここが今回、もっともお伝えしたい点です。

小規模宅地等の特例は、相続または遺贈によって取得した宅地等が対象です。つまり、生前に贈与してしまった宅地には、原則として適用されません。相続時精算課税を使って贈与した場合も、原則として対象外となります。

「早めに子どもへ名義を移しておこう」という判断が、結果として80%の減額を失わせてしまうことがあるのです。自宅の敷地を生前に贈与することを検討されている方は、必ず事前に税理士へご相談ください。

誰が相続するかによっても変わります

この特例は、取得する人によって要件が異なります。

  • 配偶者:住み続けることや持ち続けることを求められず、取得すれば適用できます
  • 同居していた親族:相続税の申告期限まで、その家に住み続け、かつ保有していることが必要です
  • 別居の親族:いわゆる「家なき子」と呼ばれる要件があり、条件はかなり限定的です。複数の要件がありますので、個別に税理士へご確認ください

つまり、「誰に自宅を残すか」という遺言書の内容が、そのまま相続税額に跳ね返るということです。要件は細かく、改正もありますので、判断は必ず税理士にご確認ください。


贈与で移すか、相続で渡すか

不動産を生前贈与すると、贈与税のほかに、名義を移すための税金もかかります。相続の場合と比べてみましょう。

生前贈与 相続(相続人が取得する場合)
登録免許税 固定資産税評価額の2% 固定資産税評価額の0.4%
不動産取得税 かかります(軽減措置がある場合あり) かかりません
小規模宅地等の特例 原則として使えません 要件を満たせば使えます

こうした税負担だけを比較すると、不動産は相続で取得するほうが有利になるケースが多いといえます。

ただし、すべての場合で相続が有利とは限りません。値上がりが確実に見込まれる不動産を早めに移すなど、贈与が有効な場面もあります。判断にあたっては、贈与税・相続税に加えて、将来その不動産を売却したときの税金や、ご家族の状況まで含めて検討する必要があります。ただ、「早く渡しておいたほうが安心だから」という理由だけで動かすのは、おすすめできません。


共有名義にしない

これは、私が実務のなかでもっとも強くお伝えしてきたことです。

「兄弟で仲良く、半分ずつ」——一見、公平で円満な解決に見えます。ですが、共有名義は、問題を解決したのではなく、先送りにしただけであることがほとんどです。

売るときに、全員の合意が必要になります

共有になっている不動産そのものを売却するには、原則として共有者全員の合意が必要です。一人でも「まだ売りたくない」と言えば、話は止まります。売却や建て替えのように、その不動産の処分や大きな変更にあたる判断には、そのたびに共有者の間で合意を形成しなければなりません。

次の相続で、共有者が増えていきます

さらに深刻なのが、これです。

兄弟2人の共有だった不動産は、それぞれに相続が発生すると、その子どもたちへ引き継がれます。2人が4人になり、4人が8人になる。やがて、顔も名前も知らない親族と共有している状態になります。

そうなると、売却や賃貸、建て替えなどの重要な判断について、共有者間の合意形成が非常に難しくなります。

私が実際に関わった案件に、こういうものがありました。

土地の所有者が亡くなり、配偶者とお子さん4人が相続人になりました。ところが、そのまま手続きをしないうちに配偶者が亡くなり、さらに、お子さん4人のうち3人も亡くなりました。

亡くなった3人には、それぞれお子さんがいます。そのうちお一人は再婚されていて、前の配偶者との間にもお子さんがいました。その方にも、相続の権利は引き継がれます。

こうして、権利を持つ方がどんどん増えていきました。ご存命のお子さんはお一人だけでしたが、その方には全員をまとめることができず、弁護士に依頼することにも抵抗がおありでした。結果として、相続登記を進めることができず、その土地の売却もできない状態になってしまいました。

その後、相続登記が義務化され、申請しないと過料に処されることがあると知った相続人の方々が、相続人申告登記をされました。これは「自分が相続人である」ことを法務局に申し出て、申請義務を果たすための手続きです。ただし、これで名義が移るわけでも、売れるようになるわけでもありません。

もとをたどれば、最初の相続のときに名義をどうするか決めておけば、済んでいた話です。先送りにされたご本人に、悪気はありません。ですが、その先送りは、次の世代、そのまた次の世代へと引き継がれていきます。

不動産を分ける必要がある場合は、共有ではなく、ひとりが相続して他の相続人に代償金を支払う(代償分割)か、売却して現金で分ける(換価分割)を検討してください。前回お伝えした生命保険は、この代償金の準備に使えます。


賃貸アパートなどの収益物件について

賃貸用の不動産は、自宅とはまた別の注意点があります。

2026年度(令和8年度)の税制改正により、2027年(令和9年)1月1日以後に相続などで取得する一定の貸付用不動産について、課税時期前5年以内に対価を伴う取引により取得し、または新築したものは、原則として、従来の相続税評価額ではなく、通常の取引価額に相当する金額で評価するという見直しが行われました。

賃貸物件の取得を相続対策として検討されている方は、この改正の影響を必ず確認してください。従来の考え方のまま進めると、想定と違う結果になるおそれがあります。

また、収益物件は「相続税が下がるかどうか」だけで判断すべきではありません。空室が続けば、相続人にとっては負担になります。立地・築年数・入居状況・修繕の見通しを含めて、事業として成り立つかどうかを見るべきです。


空き家になりそうな家をどうするか

ご相談のなかで年々増えているのが、この問題です。

「実家には誰も戻らない。でも、どうしていいか分からない」——このまま相続が起きると、誰も住まず、売るにも合意が取れない空き家が残ります。固定資産税は毎年かかり続け、傷んでいくほど売りにくくなります。

売却を考える場合、相続した空き家を売ったときに、一定の要件を満たせば譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります(2024年1月1日以後の譲渡では、相続人が3人以上の場合は最高2,000万円になるなど、取得する人数によって金額が変わります)。現在の制度は、2027年12月31日までの譲渡が対象とされています。ただし、建物の耐震性や、家屋を取り壊すかどうかなど、細かい要件がある制度です。使えるかどうかで手取りが大きく変わりますので、売却を考え始めた段階で、税理士と宅地建物取引業者の双方に確認しておくことをおすすめします。

そして、もっとも大切なのは、「この家をどうしてほしいか」を、元気なうちにご家族へ伝えておくことです。「売ってくれてかまわない」というひとことがあるだけで、残された方の迷いは大きく減ります。


売るなら、生前か、相続後か

よくいただくご質問です。どちらが正解と決まっているわけではありませんので、判断の軸をお伝えします。

生前に売るほうが向いている場合

  • ご本人の判断能力があるうちに、意思をはっきり反映させたい
  • 老後の生活資金や、施設への入居費用が必要
  • 相続人の間で意見が割れることが、すでに予想される

相続後に売るほうが向いている場合

  • 小規模宅地等の特例が使える見込みがある
  • 相続税を納めた場合、相続の開始があった日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却すると、納めた相続税の一部を取得費に加算できる特例が使えることがある
  • いま急いで売る理由がない

ここで、必ず申し上げていることがあります。ご本人の判断能力が低下すると、ご本人の意思だけで不動産を売却することが難しくなります。認知症などで意思確認ができない状態になると、ご家族であっても勝手に売却することはできず、成年後見制度などの手続きが必要になる場合があります。居住用の不動産を売却する場合には家庭裁判所の許可が必要になるなど、手続きは重くなります。「まだ元気だから、あとで考えよう」が、いちばん危ないのです。


どこに相談すればいいのか

宅地建物取引業者|まず「いくらで売れるか」を知る

すべての判断の土台になるのが、実勢価格です。相続税評価額だけを見て対策を立てると、方向を誤ります。最初に相談すべき相手だと考えています。

税理士|相続税の試算と、特例が使えるかの判断

小規模宅地等の特例が使えるか、生前に贈与すべきか、収益物件をどう評価するか。税額に関わる判断は、すべて税理士の領域です。相続に詳しい税理士を選ぶことも大切です。

司法書士|名義変更(登記)

贈与にせよ相続にせよ、不動産の名義を移すには登記が必要です。相続登記は2024年4月から義務化され、原則として、相続によって不動産を取得したことを知った日から3年以内に申請する必要があります。

弁護士|争いが予想される場合

すでに相続人の意見が対立している、共有状態の解消で話がまとまらない、といった場合は弁護士が相談先になります。

FP・相続コンサルタント|全体の交通整理

「そもそも売るべきか」「どの専門家に、どの順番で相談すればよいのか」——こうした全体像の整理と、専門家への橋渡しが私の役割です。個別の税額計算や法律判断は各専門家にお任せしつつ、ご家族全体の方針を一緒に考える窓口とお考えください。


まとめ

  • 不動産がもめるのは「分けられない・現金化しにくい・価値の認識がそろわない」から
  • 出発点は実勢価格を知ること。相続税評価額とは別物
  • 小規模宅地等の特例は、生前に贈与すると原則として使えなくなる
  • 不動産は、税負担の面では相続で渡すほうが有利になりやすい
  • 共有名義にしない。次の相続で共有者が増え、動かせなくなる
  • 収益物件は2026年度改正(貸付用不動産の評価)の影響を確認する
  • 空き家は、売却の特例と、「どうしてほしいか」を伝えておくこと
  • 判断能力が低下すると、本人の意思だけで売却することが難しくなる。だからこそ、元気なうちに考えておく

不動産の生前対策に、万人に当てはまる正解はありません。同じ広さの土地でも、立地が違えば答えは変わります。まずは「いまいくらなのか」を知り、そのうえでご家族の事情に合った方法を選んでいきましょう。


個別のご相談について(無料・月5件まで)

ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。不動産業界32年の経験から、相続した不動産をどうするかについても、実際の売却価格の目安を含めてお話しできます。

なお、相続税・贈与税の計算や申告は税理士、相続人の間で争いが予想される場合は弁護士、不動産の登記は司法書士へおつなぎします。私が判断することはいたしません。

一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。

ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ


増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。法令や税制は改正されることがありますので、具体的なご相談は、税務は税理士、法律面は弁護士・司法書士、不動産の評価・売却は宅地建物取引業者など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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