このシリーズも6回を数えました。全体像から始まり、遺言書、生前贈与、生命保険、不動産、そして家族信託と、ひととおりの手段をお伝えしてきました。
ただ、ここまで読んでくださった方から、こんな声をいただきます。「言っていることは分かった。それで、うちは何から手をつければいいのか」。今回はそこにお答えします。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、生前対策の順番と、そのまま使えるチェックリストとしてまとめました。この記事だけをブックマークしていただければ、全体を見渡せるようにしてあります。
はじめに|3つの原則
個別の手段に入る前に、シリーズ全体を貫く原則を確認します。
- 元気なうちにしかできない対策が多い:家族信託や任意後見、生前贈与など、多くの生前対策は、ご本人に十分な判断能力があるうちに準備しておく必要があります。「まだ早い」と思っているうちが、実はいちばん選択肢の多い時期です
- 目的は3つある:①争いを防ぐ ②税負担を軽くする ③手続きを円滑にする。どれを重く見るかで、選ぶ手段は変わります
- やりすぎない:老後の生活資金を削ってまで対策をするのは本末転倒です。まず、ご自身の暮らしを守ってください
とくに2つ目が大切です。「相続対策」と一言でいっても、税金の話と、争いの話は、まったく別です。ご家庭によって、力を入れるべきところは違います。
ステップ0|現状を知る(ここを飛ばさない)
いちばん多い失敗が、現状を把握しないまま手段から入ってしまうことです。まずは、次の3つをはっきりさせてください。
① 財産の棚卸し
預貯金、不動産、有価証券、生命保険、それから借入金。プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も含めて書き出します。名義と、どこの金融機関かが分かるようにしておくと、ご家族が助かります。
② 相続人が誰かを確認する
「うちは子ども2人だから」と思っていても、前の結婚のお子さんや、養子縁組など、思わぬ事情が出てくることがあります。誰が相続人になるのかで、対策の中身は変わります。
③ 不動産は「いま、いくらか」を知る
第5回でお伝えしたとおり、相続税評価額と、実際に売れる価格(実勢価格)は別物です。評価額をもとに納税資金の計画を立てると、いざというときに足りなくなることがあります。宅地建物取引業者に査定を依頼するところから始めてください。
ステップ1|争いを防ぐ(遺言書)
財産の多い少ないに関わらず、多くのご家庭で、まず検討したいのが遺言書です。とくに、次のようなご家庭では優先度が高くなります。
- お子さんがいないご夫婦(配偶者と、ご本人の兄弟姉妹が相続人になることがあります)
- 再婚されていて、前の配偶者との間にお子さんがいる
- 財産の大部分が自宅など、分けにくい不動産である
- 相続人のうち、特定の方に多く渡したい事情がある
公正証書遺言のほか、法務局の保管制度を使う方法もあります。遺留分には配慮が必要ですので、内容に不安があれば専門家にご相談ください。(第2回でくわしくお話ししています)
ステップ2|渡し方を決める(生前贈与・生命保険)
生前贈与
暦年課税か、相続時精算課税か。どちらを選ぶかで、その後の扱いが変わります。相続時精算課税は、いったん選ぶと暦年課税には戻せません。
また、贈与したつもりでも、通帳や印鑑をご本人が管理したままでは名義預金と見られることがあります。振込の記録を残す、受け取る方が自分で管理する、といった形を整えてください。(第3回)
生命保険
相続人が受け取る死亡保険金には、500万円 × 法定相続人の数という非課税限度額があります。加えて、受取人に指定された方が取得するため、原則として遺産分割の対象とはならず、遺産分割協議を待たずに受け取れる場合があります。納税資金や、代償分割の資金を用意する手段として有効です。(第4回)
ステップ3|不動産をどうするか
相続の現場で、もっとももめやすいのが不動産です。ここは、次の3点だけでも覚えて帰ってください。
- 小規模宅地等の特例は、相続または遺贈によって取得した宅地等が対象となるため、自宅の敷地などを生前贈与すると、原則としてその贈与した土地については適用できません。「早めに名義変更」する前に、必ず税理士へ
- 安易に共有名義にしない。次の相続で共有者が増え、動かしにくくなります。分けるなら代償分割か換価分割を
- 空き家になりそうな実家は、どうしてほしいかを家族に伝えておく。「売ってくれてかまわない」の一言が、のこされた方の迷いを減らします
(第5回でくわしくお話ししています)
ステップ4|判断能力が低下したときの備え
ここまでの対策の多くは、ご本人の判断能力があることが前提です。認知症などによって、ご本人の判断能力が低下すると、ご本人だけの判断で預貯金や不動産を動かすことが難しくなる場合があります。
- 家族信託:財産の管理・処分を、あらかじめ家族に託しておく仕組み。ただし、家族信託は財産管理の仕組みで、介護や入院などの手続きを、本人に代わって行う制度ではありません(節税効果も原則としてありません)
- 任意後見:判断能力があるうちに、後見人になる方と、任せる事務を決めておく制度。ご本人の判断能力が低下したあと、家庭裁判所が任意後見監督人を選任すると、任意後見人が活動を始めます。生活や療養看護、財産管理に関する事務を任せることができます
どちらか一方に決めつけるのではなく、遺言書や家族信託、任意後見を、それぞれの目的に応じて組み合わせることも検討します。(第6回)
保存版チェックリスト
ここまでの内容を、チェックリストにまとめます。印刷して、できたものから消していってください。
まず現状を知る
- □ 財産の一覧を書き出した(借入金も含む)
- □ 相続人が誰になるかを確認した
- □ 不動産の実勢価格の目安を、宅地建物取引業者に確認した
- □ 相続税がかかりそうかどうか、税理士に試算してもらった
争いを防ぐ
- □ 遺言書を作った(または、作る方針を決めた)
- □ 遺留分に配慮した内容になっているか確認した
- □ 財産の保管場所を、家族が分かるようにした
渡し方を決める
- □ 生前贈与をするなら、暦年課税か相続時精算課税かを決めた
- □ 名義預金にならない形(振込記録・本人が管理)になっている
- □ 生命保険の受取人が、いまの家族の状況に合っているか確認した
- □ 納税資金や代償金の見通しを立てた
不動産
- □ 自宅の敷地を生前に贈与する前に、税理士に相談した
- □ 安易に共有名義にしない、という方針を家族と共有した
- □ 実家をどうしてほしいか、家族に伝えた
- □ 相続登記が済んでいない不動産がないか確認した
判断能力が低下したときの備え
- □ 家族信託や任意後見について、必要かどうかを検討した
- □ 託せる家族がいるか、その家族が手間を引き受けられるか話し合った
よくある間違い5つ
シリーズを通してお伝えしてきた、つまずきやすい点をまとめます。
- 「早く名義を移せば安心」と考える → 自宅の敷地を生前贈与すると、小規模宅地等の特例が使えなくなる場合があります
- 「兄弟で仲良く半分ずつ」と共有にする → 解決ではなく、次の世代への先送りです
- 贈与したつもりが名義預金 → 通帳も印鑑もご本人が管理したままでは、贈与と認められないことがあります
- 「家族信託で節税」と考える → 家族信託そのものに、相続税を減らす効果は原則としてありません
- 老後資金を削って対策する → まずご自身の生活費・医療・介護の備えを確保してください
順番を間違えない|どこに相談するか
手段より先に、相談する順番でつまずく方が多くいらっしゃいます。目安として、次のように考えてください。
- 宅地建物取引業者:不動産をお持ちなら、まず実勢価格を知る。すべての判断の土台になります
- 税理士:相続税がかかりそうか、どの特例が使えるかなど、税務上の判断
- 司法書士:登記。相続登記は令和6年4月から義務化されています
- 弁護士:すでに意見が対立している、遺留分など法律上の争いが予想される場合
- FP・相続コンサルタント:そもそも何から手をつけるか、どの専門家に、どの順番で相談するかの整理
まとめ
- 生前対策は判断能力があるうちにしかできない。まだ早い、と思う時期がいちばん選択肢が多い
- 手段から入らない。まず現状を知る(財産・相続人・不動産の実勢価格)
- 争いを防ぐという目的では、多くのご家庭で遺言書が重要な手段になります
- 渡し方は、生前贈与と生命保険を、目的に合わせて使い分ける
- 不動産は「安易に生前贈与しない」「安易に共有しない」の2点をまず押さえる
- 判断能力が低下したときの備えとして、家族信託・任意後見を検討する
- 老後資金を削らない。対策は、暮らしを守ったうえで
全部を一度にやる必要はありません。チェックリストの上から順に、ひとつずつで十分です。「まだ元気だから、あとで」がいちばん危ない——これだけは、シリーズを通してお伝えしてきたことです。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。このチェックリストのどこでつまずいているかが分かれば、次の一歩は決まります。
なお、相続税・贈与税の計算や申告は税理士、法律面の相談や争いが予想される場合は弁護士、登記は司法書士、不動産の売却は不動産業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ
増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。法令や税制は改正されることがありますので、具体的なご相談は、税務は税理士、法律面は弁護士・司法書士、不動産の評価・売却は宅地建物取引業者など、内容に応じた専門家へご確認ください。

コメント