前回は、話し合いにならず、調停から訴訟まで進んだ家のお話をしました。今回は、同じことが起きたのに、もめずに終わった家のお話です。
私が実際にご相談を受けた事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。
「兄が、父のお金を使っているようなんです」
一本の電話から、ご相談は始まりました。
お父さまが亡くなり、相続人はお母さまと、三人の兄弟でした。長男は、ご両親と同居し、最後まで介護を担っていました。次男と三男は、すでに家庭を持ち、独立しています。
電話をくださったのは、三男でした。
「父が亡くなったあと、兄が、父の通帳からお金を引き出して使っているようなんです。兄は、自分がずっと親の面倒を見てきたから寄与分がある、と言っています」。
声には、困惑がにじんでいました。金額も、何に使われたのかも、三男には分かりませんでした。
そして、遺産分割の話し合いは、まだ始まってもいませんでした。
問題は、金額ではなく「順番」でした
このご相談で、私がまずお伝えしたのは、順番の話です。
亡くなったあとの預貯金は、遺産分割の対象です
かつては、預貯金は相続が起きた時点で法定相続分に応じて分かれる、という考え方がありました。けれども、平成28年12月19日、最高裁判所は、普通預金などの預貯金も遺産分割の対象になると判断しました。
そのため、相続人の一人が、ほかの相続人との話し合いをしないまま、自由に使ってよいというものではありません。
ただし、現在は、遺産分割が終わる前でも、一定の範囲で相続人が単独で預貯金の払戻しを受けられる制度があります。
ですから、ここで大切なのは、「引き出したこと」だけで決めつけるのではなく、いつ、誰が、いくら引き出し、何に使ったのかを確認することです。
寄与分は、言えば通るものではありません
長男の「自分には寄与分がある」という言い分も、整理が必要でした。
寄与分として認められるには、親族間で通常期待される程度を超える、特別な貢献であることが必要です。さらに、その貢献によって亡くなった方の財産が維持されたり、増加したりしたこととの因果関係も問われます。認められるかどうかは、介護の内容、期間、負担の程度などから、個別の事情を総合的に判断することになります。
そして何より、寄与分をどう反映するかは、まず相続人間で話し合います。話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所の調停・審判で判断されることがあります。自分で先に受け取ってよい、というものではありません。この点は、前々回にくわしくお話ししています。
それでも、長男を責めないでください
私が三男にお伝えしたのは、ここでした。
引き出したお金が、入院費や介護費用など、お父さまのために必要な支出に使われていたのであれば、その事情を考慮する必要があります。
ただし、「父のために使った」と言えば、それだけで認められるわけではありません。領収書や通帳の記録などを確認し、いつ、いくら、何のために使ったのかを確かめることが大切です。
ですから、最初から「使い込みだ」と決めつけるのではなく、まずは使い道を確認することです。決めつけて話を始めると、相手は口を閉ざします。そうなると、確かめられたはずのことも分からなくなります。確かめたいのは金額ではなく、使い道です。
そして、長男には長男の思いがあります。何年も親と暮らし、介護をしてきた。その時間は、通帳の記録には残りません。その気持ちを受け止めないまま数字の話だけをしても、話し合いは進みません。
ご家族が選んだのは、「いったん、母がすべて相続する」でした
その後、ご家族で話し合いが持たれました。お母さまを中心に、兄弟で話をされたそうです。
そして出た結論が、いったん、お母さまがすべての財産を相続するという形でした。遺産分割は、法定相続分どおりに分けなければならないわけではありません。相続人全員が合意すれば、このような分け方もできます。
この選択には、次のような意味があります。
- 兄弟で分ける、という対立の構図になりにくくなります。「誰がいくら」を競う話ではなくなるからです
- 引き出されたお金についても、相続人間でその扱いを含めて話し合うことができます。お母さまがすべてを相続することで、兄弟間で財産を分けることによる対立を避けられる場合があります
- お母さま自身が納得したうえで、相続人全員が合意できれば、兄弟間で財産を分けることによる対立を避けることができます
もめる前に止められた。これが、前回のお話との、いちばん大きな違いでした。
ただし、知っておいていただきたいことがあります。お母さまがすべて相続した時点で、その財産はお母さま自身の財産になります。「あとで家族で話し合う」と決めていても、お母さまに、子どもたちへ分ける義務が生じるわけではありません。
ただし、この形には注意点があります
ここからは、このご家族への助言ではなく、一般的な注意としてお読みください。「いったん配偶者が全部相続する」という形は、よく選ばれますが、先送りでもあるからです。
二次相続で、税の負担が増えることがあります
お母さまが亡くなったときの相続を、二次相続といいます。ここでは、次のことが起こります。
- 相続人が減ります。基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」です。配偶者がいなくなる分、控除額が下がります
- 配偶者の税額軽減が使えません。一次相続では大きく効く制度ですが、二次相続では配偶者がいません
- 結果として、一次と二次を合わせた税の負担は、かえって大きくなることがあります
どちらが有利かは、財産の内容や金額、住まいの状況によって変わります。相続税の試算は、相続を主に扱っている税理士にご相談ください。
「あとで話し合う」は、できなくなることがあります
もうひとつ、見落とされがちな点があります。
お母さまが判断能力を失うと、その後の財産の分け方を、お母さま自身で決めることが難しくなります。財産がお母さま名義になった後は、家族だからといって自由に管理・処分できるわけではありません。必要に応じて、成年後見制度などを検討することになります。認知症と資産凍結の回で、くわしくお話ししたとおりです。
ですから、この形を選ぶなら、お母さまが元気なうちに、その次をどうするかを決めておくことがセットになります。
- 遺言を残しておく。「あとで話し合う」を、形にしておく方法です。遺言書の作り方は、第2回でお話ししています
- 任意後見や家族信託も、判断能力があるうちにしか選べません
- 介護をしてくれた人に多く残したいと思っているなら、その意思を遺言などで明確にしておくことです。ただし、遺留分(一定の相続人に法律上保障される最低限の取り分)など、別の問題が生じる場合もあります
元気なうちに、できること
この回でお伝えしたいのは、次の4つです。
- 介護と、通帳の管理は、分けて考える。介護をしている人がお金も管理するのは自然ですが、だからこそ見えなくなります
- 預かる側は、記録を残す。いつ、いくら、何に使ったか。疑われないための備えでもあります
- 親が元気なうちに、集まって話しておく。もめてから集まるのは大変ですが、元気なうちなら、ただの家族の相談です
- 介護してくれた人への気持ちは、元気なうちに形にする。「あの子には多めに」と思っているなら、遺言などで明確にしておくことです
そして、もし「おかしい」と感じたときは、責める前に、確かめてください。順番を守り、使い道を確認し、それでも折り合えないときには、必要に応じて専門家に相談する。それでも話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所の調停などを検討します。
まとめ
- 亡くなったあとの預貯金は、遺産分割の対象です(最高裁 平成28年12月19日決定)。一人が話し合いをしないまま自由に使ってよいものではありません。ただし、一定の範囲で単独で払戻しを受けられる制度もあります
- 寄与分は、言えば通るものではありません。特別な貢献と、財産の維持・増加との因果関係が必要で、個別の事情を総合的に判断します
- 寄与分をどう反映するかは、まず相続人間で話し合い、まとまらなければ家庭裁判所の調停・審判で判断されることがあります
- 引き出されたお金が本人のために必要な支出に使われていたなら、その事情を考慮します。ただし「父のために使った」と言えば認められるわけではありません。いつ・誰が・いくら・何に使ったかを確認することです
- このご家族は、いったんお母さまがすべて相続する形を選び、もめる前に収まりました。その財産は、お母さま自身の財産になります
- ただし、この形は先送りでもあります。二次相続では基礎控除が下がり、配偶者の税額軽減も使えません。税の判断は税理士へ
- お母さまの判断能力が落ちると、その次を、お母さま自身で決めることが難しくなります。遺言など、元気なうちに形にしておくことがセットです
同じことが起きても、順番を守り、決めつけずに確かめることが、家族で話し合うための第一歩になります。前回のお話と今回のお話を分けたのは、金額の大きさではありませんでした。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。親のお金の管理をどう決めておけばよいか、また、気になる出金が見つかったときにどこから手をつければよいかも、これまで見てきた例をもとに、整理してお伝えします。
なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断や手続きが必要な場面は、内容に応じて弁護士・司法書士などの専門家へ、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
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増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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