以前、あと少しのところで、遺言書が残らなかったお話をしました。今回は、その反対です。遺言書が、残っていたお話です。
私が実際に関わった事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。
売却の途中で、ご主人が亡くなられました
20年以上前、不動産会社に勤めていたころのことです。
あるご主人から、土地の売却のご依頼をいただいていました。ご両親が暮らしていた、広い土地です。古い家が、建ったままになっていました。代々受け継いできた土地で、お父さまが亡くなったとき、ご主人がすべてを引き継がれたものでした。
担当は私の部下でしたが、大きな土地でしたので、私も一緒に売却の活動をしていました。
その途中で、ご主人がご病気で亡くなられました。
売却は、いったん止まりました。持ち主が亡くなると、その不動産を誰が引き継ぐのかが決まり、名義を移す登記が済むまで、通常、売却の手続きを最後まで進めることはできないからです。
引き出しから、遺言書が見つかりました
しばらくして、奥さまからお話がありました。ご主人の机の引き出しから、封筒が出てきたというのです。表には、ご主人の字で「遺言書」と書かれていました。
奥さまは、遺言書があることを、ご主人から聞いていませんでした。
封を開けずに、家庭裁判所へ
ご自分で書かれた遺言書(自筆証書遺言)が、ご自宅などで見つかったときは、家庭裁判所で「検認」という手続きを受ける必要があります。封印のある遺言書は、家庭裁判所で、相続人などの立会いのうえで開封することになっています。
私は奥さまに、封を開けずに、家庭裁判所で検認の手続きを受けていただくよう、ご案内しました。ご家族は、家庭裁判所で検認の手続きをとられました。
土地を売った代金の半分を、妹の子どもたちに
遺言書には、こう書かれていました。
親から引き継いだあの土地を売却し、その代金の4分の1ずつを、妹の子ども2人に遺贈する。
2人あわせて、代金の半分です。奥さまにも、お子さんたちにも、思いがけない内容でした。妹さんのご家族とは、それほど深いお付き合いがあったわけではなかったそうです。
理由は、遺言書の最後に書かれていました。
「父の遺言で、長男の私が、すべての財産を引き継いだ。妹には、何も残せなかった。妹の子どもたちに、少しでも分けてあげたい。」
代々、土地を受け継いできたお宅でした。お父さまの遺言書には、長男がすべての財産を相続する、と書かれていたそうです。ご主人にとって、それは長いあいだ、気がかりなことだったのだと思います。
売却が、間に合わないときのために
あとから分かったことですが、この遺言書は、売却のご依頼をいただいたあと、ご主人が体調を崩されてから書かれたもののようでした。
土地が売れたら、ご自分の手で、妹さんのお子さんたちに渡すおつもりだったのだと、私は思っています。けれども、売却が間に合わないかもしれない。そう考えて、遺言書を残されたのでしょう。
ご自分で築いた財産には、手をつけていませんでした
もう一つ、大事なことがあります。
遺言書で、妹さんのお子さんに渡すとされたのは、親から引き継いだ土地を売った代金の、半分だけでした。ご自宅や預貯金など、ご主人がご自分で築いた財産は、含まれていませんでした。そちらは、すべて奥さまとお子さんに残す内容でした。
親から受け継いだものの半分は、妹の側へ。自分で築いたものは、妻と子へ。ご主人はそう考えておられたのだと、私は受け止めています。
ご家族は、遺言を受け入れました
お子さんたちには、戸惑いもあったそうです。それでも、ご家族は、遺言の内容を受け入れました。
名義を移す登記などの手続きを経て、土地は、私のいた会社で、あらためて売却されました。売却の代金は、遺言の内容に沿って分けられました。税金は、それぞれが、自分の受け取った分から納めたと聞いています。
土地を売った代金の残りの半分と、ご自宅、預貯金などは、奥さまが2分の1、お子さんがそれぞれ4分の1という、遺言書のとおりの割合で分けられたと聞いています。ご自宅は奥さまが相続し、そのまま住み続けられました。
この遺言書から、学べること
ここからは、制度の話をします。当時と今とでは、制度が変わっているところもあります。ここでは、現在の制度でご説明します。
1 理由が書いてあったから、受け止められた
遺言書には、財産の分け方のほかに、家族への言葉を書き添えることができます。これを付言事項(ふげんじこう)といいます。
付言事項には、法律上の効力はありません。けれども、なぜ、このように分けるのかを、自分の言葉で伝えることができます。
今回の遺言書に、もし分け方だけが書かれていたら、ご家族は、理由が分からないまま、土地を売った代金の半分を渡すことになっていました。理由が書かれていたことが、ご家族が受け止めるための助けになったのだと思います。
もちろん、付言事項を書けば、家族がいつも納得するというわけではありません。それでも、理由を知らされないまま結果だけを受け取るのと、理由を知ったうえで受け取るのとでは、大きな違いがあります。
2 遺言書がなければ、この思いは実現しませんでした
ご主人には、奥さまとお子さんがいらっしゃいました。この場合、相続人は、奥さまとお子さんです。妹さんも、妹さんのお子さんも、相続人にはなりません。
ですから、遺言書がなければ、土地を含む相続財産は、原則として、奥さまとお子さんたちが相続することになります。相続人ではない方に財産を渡すには、遺言による「遺贈」などの方法を検討する必要があります。
相続人がいったん相続したあとで、ほかの方へ財産を渡すこともできます。ただしその場合は、原則として贈与として扱われ、贈与税の対象になる場合があります。
そして、もう一つ。生きているうちに自分の手で渡すつもりでいても、間に合わないことがあります。今回のご主人は、売却の途中で亡くなられました。遺言書は、そのときの備えにもなります。
なお、生きているうちに渡す場合は贈与税、遺言で渡す場合は相続税の対象になり、税金の負担が変わることがあります。どちらの形がよいかは、税理士にご確認ください。
3 奥さまとお子さんには、遺留分があります
遺言書があれば、どのような分け方でもそのまま通る、というわけではありません。配偶者や子などには、遺留分があります。遺留分とは、一定の相続人に、法律で保障されている最低限の取り分のことです。
相続人が配偶者と子の場合、遺留分は、全体で財産の2分の1です。今回のご家族でいえば、奥さまが4分の1、お子さんが、それぞれ8分の1です。
遺留分を侵害された相続人は、財産を多く受け取った方に対して、侵害された額に相当するお金の支払いを請求することができます。
この割合は、遺留分を計算するもとになる財産に対する割合です。その割合の財産を、そのままの形で受け取れるという意味ではありません。
今回、妹さんのお子さんに渡されたのは、土地を売った代金の半分でした。残りの半分や、ご自宅、預貯金などは、奥さまとお子さんたちが引き継ぎました。
遺留分が侵害されているかどうかは、相続財産全体の評価額や、一定の生前贈与などを踏まえて判断します。今回は、ご家族が遺言の内容を受け入れ、そのとおりに分けられました。
相続人ではない方に財産を残したいときは、遺留分を侵害する内容になっていないかを、あらかじめ確かめておくことが大切です。遺留分の計算は、財産の内容や過去の贈与などによって変わります。くわしくは、弁護士などの専門家にご確認ください。
4 見つからなければ、届きませんでした
今回、遺言書は、机の引き出しから見つかりました。もし見つからなければ、ご主人の思いは、ご家族に届きませんでした。
ご自宅で保管されている自筆証書遺言には、次のような注意点があります。
- 見つからないことがあります。家族が、遺言書があること自体を知らない場合があります
- 家庭裁判所の検認が必要です。遺言書を保管していた方や、見つけた相続人は、家庭裁判所に遺言書を提出して、検認を請求しなければなりません。封印のある遺言書を家庭裁判所の外で開封したり、検認を受けずに遺言の内容を実行したりすると、5万円以下の過料の対象になります
- 検認は、遺言書が有効かどうかを判断する手続きではありません。遺言書の状態や内容を確認し、その後の偽造や変造を防ぐための手続きです
- 検認を受けていない自筆証書遺言は、通常、不動産の登記や預貯金の手続きに使うことができません
こうした負担を軽くする方法が、二つあります。
- 法務局に預ける(自筆証書遺言書保管制度)。自分で書いた遺言書を、法務局(遺言書保管所)に預ける制度です。令和2年(2020年)7月に始まった制度で、今回のお話の当時は、まだありませんでした。この制度を利用した遺言書は、検認が要りません。紛失や変造などのリスクを抑えることができます。遺言者が亡くなったあと、あらかじめ指定した方に、遺言書が保管されていることを通知する仕組みもあります
- 公正証書遺言にする。公証人が作成し、原本が公証役場に保管されます。こちらも、検認は要りません
なお、遺言の制度は、令和8年(2026年)6月に成立・公布された改正法によって、見直されることになっています。自筆証書遺言などで押印を必須としない見直しは、遅くとも令和9年(2027年)6月24日までに、パソコンなどで作成して法務局が保管する新しい方式(保管証書遺言)は、遅くとも令和11年(2029年)6月24日までに、施行される予定です。それまでは、現在の制度に基づいて作成することになります。くわしくは、2026年の法改正の回でお話ししています。
5 相続人ではない方が受け取るときの、税金と手続き
相続人ではない方が、遺贈で財産を受け取る場合は、税金や手続きが、相続人の場合と異なるところがあります。
まず、不動産の渡し方には、二つの形があります。
- 不動産そのものを渡す:受け取った方が、その不動産の名義人になります
- 不動産を売却して、その代金を渡す:今回のご主人が選ばれた形です。受け取る方は、お金で受け取ります。不動産を何人かで持ち合う形にならないので、分けやすい方法です
どちらの形にするかによって、登記の手続きや税金の扱いが変わります。遺言書を作る前に、司法書士や税理士などの専門家に確認しておくことが大切です。
- 相続税:遺贈で財産を取得した方にも、相続税が課される場合があります。相続税額の2割加算は、原則として、亡くなった方の配偶者、父母、子以外の方などに適用されます。今回の妹さんのお子さんは、原則として2割加算の対象になります
- 基礎控除:相続税の基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を計算するときの「法定相続人の数」に、相続人ではない受取人は含まれません
- 手続きを進める人:遺言の内容を実現するには、不動産の登記や売却などの手続きが必要です。遺言の内容や手続きによっては、相続人の協力が必要になることがあります。遺言執行者を指定しておくと、手続きを進めやすくなる場合があります
- 不動産そのものを渡す場合の税金:相続人ではない方が、遺贈で不動産の名義人になる場合は、登記のときの登録免許税が、原則として不動産の価額の2%です(相続人が受け取る場合は0.4%)。あわせて、不動産取得税がかかる場合があります
- 売却したときの税金:不動産を売却して、譲渡所得が生じた場合は、所得税や住民税がかかります。また、相続や遺贈で取得した不動産については、その不動産を取得した本人に相続税が課税されているなど、一定の要件を満たす場合に、相続税の一部を取得費に加算できる特例があります。原則として、相続開始日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却することが、要件の一つです(一般的には、相続開始日の翌日から3年10か月以内)。くわしくは、税理士にご確認ください
不動産の売却に伴う税金と、遺贈で財産を受け取ったことに伴う相続税は、別に考える必要があります。誰が売却したのか、遺言でどのような渡し方を定めたのか、どのような財産を取得したのかによって、税金の扱いは異なります。
今回は、税金を、それぞれが自分の受け取った分から納めたと聞いています。ただし、これは今回の事例でのことです。誰が、どの税金を納めるのかは、遺言の内容や売却の進め方によって変わります。
「受け取る額」と「手元に残る額」は、同じではありません。税金についての個別の判断は、相続を主に扱っている税理士にご確認ください。
遺言を残すときに、しておきたいこと
遺言は、遺言の内容やその結果を理解・判断できる「遺言能力」があるうちに、作成する必要があります。そのうえで、今回のお話から、次のことをお伝えしたいと思います。
- 遺言書があることを、伝えておく。中身まで話さなくてもかまいません。遺言書があること、どこにあるかを、家族や信頼できる方に伝えておきます
- 保管の方法を選ぶ。法務局に預ける方法や、公正証書遺言にする方法があります。どちらも、検認が要りません
- 理由を、書き添える。なぜこのように分けるのかを、付言事項として、自分の言葉で残します
- 相続人ではない方に渡したいときは、適切な方式で遺言を残す。生きているうちに渡すつもりでいても、間に合わないことがあります。あわせて、遺留分、税金、登記の手続きを、あらかじめ専門家に確認しておきます。遺言執行者を決めておくことも、検討します
- 遺言書に書いた財産を売却したときは、遺言書を見直す。遺言書で、特定の不動産そのものを遺贈すると定めたあとに、その不動産を売却した場合、遺言のその部分が、撤回されたものとみなされることがあります。一方、今回のご主人のように、最初から不動産の売却代金を渡すと定める方法もあります。遺言書を作成したあとに財産の状況が変わったときは、遺言の内容と実際の財産が合っているかを、専門家に確認しておきましょう
まとめ
- 遺言書には、分け方のほかに、理由や家族への言葉(付言事項)を書き添えることができます。法律上の効力はありませんが、家族が受け止めるための助けになります
- 相続人ではない方に財産を渡すには、遺言による遺贈などの方法をとる必要があります。遺言書がなければ、今回のご主人の思いは実現しませんでした。生きているうちに渡すつもりでいても、間に合わないことがあります
- 配偶者や子などには遺留分があります。相続人ではない方に残すときは、遺留分を侵害する内容になっていないかを、あらかじめ確かめておきましょう
- ご自宅で保管する自筆証書遺言は、見つからないことがあり、見つかったあとも家庭裁判所の検認が必要です。法務局に預ける方法や、公正証書遺言にする方法では、検認が要りません
- 不動産は、そのものを渡す形と、売却して代金を渡す形があります。相続人ではない方が遺贈で受け取る場合は、相続税の2割加算など、税金や手続きが相続人の場合と異なります。不動産の売却に伴う税金と相続税は、別に考える必要があります。遺言執行者を指定しておくと、手続きを進めやすくなる場合があります
- 遺言は、遺言能力があるうちに、適切な方式で残しておくことが大切です。遺言書があることを、家族や信頼できる方に伝えておきましょう
財産をどう分けるかは、遺言書に書けば決まります。けれども、なぜそう分けるのかは、書いておかなければ、誰にも伝わりません。それが、この回でいちばんお伝えしたいことです。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。遺言を考えるときに何から整理すればよいか、不動産をどのように引き継げばよいかなど、これまでの経験をもとに、整理してお伝えします。
不動産の売却価格については、一般的な相場の考え方を整理したうえで、具体的な価格査定が必要な場合には、宅地建物取引業者へおつなぎします。
なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断や手続きが必要な場面は、内容に応じて弁護士・司法書士などの専門家へ、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
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増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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