兄弟が相続人になったら?「受け取りたくない」人にも署名が必要な理由|相続放棄との違い

生前対策

前回は、売買契約の途中で、買主の方が亡くなったお話をしました。大きな契約ほど、家族と中身を分け合っておいてください、というお話です。今回は、独身の方が亡くなり、ご兄弟が相続人になったときのお話です。

第8回で、おひとりさまの相続のケースとして、少しだけご紹介したご家族がいます。今回は、そのご家族の相続を、くわしくお話しします。

私が実際に関わった事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。


「弟の家を、売りたいんです」

20年以上前、不動産会社で、住宅の売買の仲介をしていたころのことです。

70代の男性から、お電話をいただきました。

「弟の家を売りたいんです。ちょっと、相談に乗っていただけませんか。」

お話をうかがうと、7人兄弟のご長男で、亡くなったのは弟さんでした。

弟さんは独身で、少し古い木造の家に、ひとりで暮らしておられました。家は、弟さんの名義です。

ある日、お隣の方が、弟さんの家に出入りがないことに気づき、警察に相談されました。弟さんは、お風呂で亡くなっているところを、警察官に見つけられました。亡くなってから、数日がたっていたそうです。


相続人は、兄弟6人でした

弟さんには、奥さまもお子さんもいません。ご両親も、すでに亡くなっていました。

このような場合、相続人になるのは、亡くなった方の兄弟姉妹です。7人とも、同じご両親から生まれたご兄弟で、弟さんより先に亡くなった方はいませんでした。そのため、弟さんを除く6人全員が、相続人になりました。法律で決められた取り分(法定相続分)は、6人それぞれ6分の1です。

遺言書は、ありませんでした。遺言書がなければ、家を売るにも、相続人6人全員で話し合い、遺産の分け方を決める必要があります。これを、遺産分割協議といいます。

「受け取りたくない」というお返事

ご長男は、ほかのご兄弟に、家を売って整理したいと連絡されました。

ところが、2人のご兄弟から、なかなかお返事がありませんでした。

しばらくして分かったのは、理由がお金ではなかった、ということです。

「弟の遺産は、受け取りたくない。」

亡くなった兄弟からお金を受け取ること自体を、強く嫌がっておられたのです。関わりたくない、というお気持ちでした。そこには、ご兄弟の間の長い年月や、言葉にならない思いもあったのだと思います。


受け取らない人にも、署名が必要でした

「受け取りたくないのなら、その2人は、手続きに関わらなくてもいいのでは。」

そう思われるかもしれません。けれども、そうはいきませんでした。

この2人のご兄弟は、家庭裁判所で相続放棄の手続きをしたわけではありません。相続人のまま、遺産分割協議の中で「自分は受け取らない」という形をとられました。

この形では、受け取らない方も、相続人の一人です。遺産分割協議書に署名し、実印を押し、印鑑証明書を出していただく必要があります。それがそろわなければ、家の名義を移すことも、売ることもできません。

ご長男が、お話ししてくださいました

私は、ご長男に、相続の手続きと売却の流れをご説明しました。誰の書類が、何のために必要なのか。どの順番で進むのか。

受け取らない2人のご兄弟とのお話は、ご長男がしてくださいました。兄弟の間のことは、兄弟にしか話せないこともあります。

時間はかかりましたが、最後は、2人のご兄弟も応じてくださいました。司法書士が遺産分割協議書を作成し、6人全員が署名と押印をされました。2人は受け取らず、残る4人で分けるという内容です。

そのうえで、家はいったんご長男お一人の名義に相続登記をして、売却しました。売却したあとの代金は、残る4人で、4分の1ずつ分けられました。遺産分割協議書にも、その旨が書かれていたと記憶しています。

このように、売って代金を分けることを前提に、一人の名義にまとめて売却する方法があります。その場合は、一人の名義にするのは売却のためであること、そして売却した代金をどう分けるかを、遺産分割協議書にはっきり書いておくことが大切です。書かれていないと、名義を持つ人がほかの相続人にお金を渡したように見え、贈与として扱われるおそれがあるからです。売却したときの税金の申告にも関わりますので、くわしくは司法書士や税理士にご確認ください。

「弟のこと、ちゃんと見送れた気がするよ。」

すべてが終わったとき、ご長男は、そうおっしゃいました。

振り返って思うこと

この相続では、誰も争ってはいません。それでも、書類がそろうまでに時間がかかり、売却活動を始められたのは、ずいぶんあとになりました。

そして、いちばん心に残っているのは、受け取りたくないと考えていた方まで、手続きに関わらなければならなかったことです。関わりたくないお気持ちのまま、書類を求められる。それは、その方にとっても、つらいことだったのではないかと思います。


制度の話:兄弟姉妹が相続人になるとき

ここから、制度の話をします。当時と今とでは、制度が変わっているところもあります。ここでは、現在の一般的な考え方でご説明します。

「受け取らない」には、2つの方法があります

相続で財産を受け取らない方法には、大きく分けて次の2つがあります。

  • 家庭裁判所での相続放棄:自分のために相続が始まったことを知った時から、原則として3か月以内に、家庭裁判所に申し立てます。認められると、初めから相続人でなかったものとみなされます。借金なども引き継ぎません。いったん認められると、原則として取り消すことはできません
  • 遺産分割協議で受け取らない:相続人のまま、話し合いの中で、自分は財産を受け取らないと決める方法です。相続人であることに変わりはないため、遺産分割協議書への署名・押印や、印鑑証明書の提出が必要です

2つの方法は、似ているようで、意味が違います。たとえば、亡くなった方に借金があった場合、遺産分割協議で負担する人を決めても、お金を貸した側に対しては、法定相続分に応じて支払いを求められることがあります。借金も含めて引き継がないためには、家庭裁判所での相続放棄を検討することになります。

どちらの方法がよいかは、借金の有無や、ご家族の状況によって変わります。迷うときは、早めに弁護士や司法書士などの専門家にご相談ください。相続放棄の期限は、原則として3か月です。財産や借金の調査が間に合わない場合は、家庭裁判所に期間の延長を申し立てられることもあります。

兄弟姉妹の相続は、書類が多くなります

兄弟姉妹が相続人になる場合、亡くなった方の、生まれてから亡くなるまでの戸籍に加えて、ご両親それぞれの、生まれてから亡くなるまでの戸籍も必要になります。ほかに兄弟姉妹がいないかを、確かめるためです。

2024年3月から、戸籍を本籍地以外の窓口でまとめて請求できる制度が始まりました。ただし、この方法で請求できるのは、ご本人、配偶者、父母や祖父母、子や孫の戸籍です。ご両親の戸籍は、この方法で請求できますが、兄弟姉妹の戸籍は、この方法では請求できません。本籍地の市区町村に、請求する必要があります。

そのうえ、兄弟姉妹の相続では、相続人の皆さんも、すでに高齢であることが少なくありません。相続人のどなたかが、判断能力が低下していれば、遺産分割協議を進めることは難しくなります。また、手続きが終わらないうちに相続人のどなたかが亡くなると、その方のお子さんが加わり、相続人の数が増えていくこともあります(第16回でお話ししました)。

相続登記は、義務になりました

2024年4月1日から、相続登記が義務になりました。自分が相続人であり、相続で不動産を取得したことを知った日から、3年以内に相続登記をする必要があります。遺産分割協議で不動産を取得した場合は、協議が成立した日から3年以内に、その内容の登記をする必要があります。正当な理由なく怠ると、10万円以下の過料の対象になります。

話し合いがまとまらないまま、家をそのままにしておくことは、以前よりも難しくなっています。


元気なうちに、できること

ご結婚されていない方、お子さんのいない方にとって、ご兄弟は身近な相続人です。ご兄弟に負担をかけないために、次のことをお伝えしたいと思います。

① 遺言書を作る

第8回でお話ししたとおり、兄弟姉妹には、遺留分がありません。遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている、最低限の取り分のことです。

ですから、遺言書で財産を受け取る人を決めておけば、その内容が、そのまま生かされやすくなります。今回のご家族でいえば、受け取りたいと考えている4人に財産を相続させる内容の遺言書を作り、遺言執行者も指定しておけば、受け取りたくない2人に、署名や印鑑証明書を求める必要はなかったはずです。

遺言書は、形式の不備で無効になるおそれが小さい、公正証書遺言で作ることをおすすめします。

② 「売って分ける」ところまで書いておく

家を残しても、住む人がいない場合があります。そのようなときは、家を売却し、その代金を分けるように遺言書に書いておく方法があります。これを、清算型遺贈といいます。

この書き方をする場合は、遺言執行者(遺言の内容を実行する人)を指定しておくことが大切です。遺言執行者がいれば、相続人全員の協力を得なくても、その人が売却や名義変更などの手続きを進めることができます。指定していないと、結局は相続人全員の協力が必要になることがあります。手続きを進める人が決まっていると、ご兄弟の負担は、ずいぶん軽くなります。登記などの細かい手続きは、遺言書を作るときに、司法書士や弁護士に確認しておいてください。

③ もしものとき、気づいてもらえる備え

今回の弟さんは、お隣の方が気づいてくださいました。ひとりで暮らしていると、体調の急な変化に、すぐには気づいてもらえないことがあります。

家族や親しい方と、日ごろから連絡を取り合う。見守りのサービスを使う。亡くなったあとの葬儀や家の片付けなどを、あらかじめ頼んでおく死後事務委任契約もあります。財産のことと一緒に、こうした備えも考えておくと安心です。

④ 税金のことも、確認しておく

兄弟姉妹が財産を受け取り、相続税がかかる場合には、相続税が2割加算されます。財産の額によっては、相続税の申告が必要になることもあります。渡す相手を決めるときは、税理士に試算してもらうことをおすすめします。


まとめ

  • 配偶者もお子さんもなく、ご両親も亡くなっている場合、兄弟姉妹が相続人になります。兄弟姉妹が先に亡くなっていれば、その方のお子さん(甥・姪)が代わりに相続人になります
  • 遺言書がなければ、相続人全員で遺産分割協議をする必要があります
  • 財産を受け取らない方法には、家庭裁判所での相続放棄と、遺産分割協議で受け取らない形があります。後者では相続人のままなので、署名・押印や印鑑証明書が必要です
  • 兄弟姉妹の相続では、ご両親の戸籍まで必要になるなど、書類が多くなります
  • 2024年4月1日から、相続登記は義務になりました
  • 兄弟姉妹には遺留分がありません。遺言書で受け取る人を決め、遺言執行者を指定しておけば、ご兄弟の負担を大きく減らせます
  • 兄弟姉妹が財産を受け取り、相続税がかかる場合には、2割加算があります

受け取りたい人も、受け取りたくない人も、相続人である限り、手続きからは離れられません。遺言書は、財産を渡すためだけのものではなく、ご兄弟それぞれの気持ちを守るためのものでもあります。それが、この回でいちばんお伝えしたいことです。


個別のご相談について(無料・月5件まで)

ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。「自分の場合、誰が相続人になるのか」「遺言書で何を決めておけばよいか」など、これまでの経験をもとに、整理してお伝えします。

不動産の売却価格については、一般的な相場の考え方を整理したうえで、具体的な価格査定が必要な場合には、宅地建物取引業者へおつなぎします。

なお、遺言書の作成や相続放棄の手続きなど、法律上の個別判断や手続きが必要な場面は、内容に応じて弁護士・司法書士などの専門家へ、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。

一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。

ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ


増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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