ここまで13回にわたって、遺言書や生前贈与、不動産、認知症への備え、そして親との話の切り出し方まで、生前対策のいろいろをお話ししてきました。今回は、その中でもご相談の多い「不動産」に、もう一度戻ります。ただし今日は、税金や評価の話ではありません。「売れるのか、売れないのか」という、いちばん生々しいところのお話です。
正直に申し上げます。この話は、私にとっても、いちばん語るのが難しいテーマです。なぜなら、きれいな正解がないからです。不動産業界で32年、たくさんの物件を売ってきましたが、いまだに「これで完璧」という売り方はありません。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、その難しさも含めて、正直にお話しします。
不動産に、定価はありません
まず、これだけは知っておいてください。不動産に、定価はありません。
スーパーの商品には、値札がついています。だいたい、どこで買っても同じ値段です。ところが不動産は、同じような物件でも、売る時期、売る相手、売り方によって、値段が大きく変わります。
私の経験から、実際にあったことを三つ、正反対の方向でお話しします。「上にも、下にも、そして、値段をつけても動かないことがある」という現実を、感じていただければと思います。
相場より高く売れることもある
ある年の3月の終わりが近づいていたころのことです。ある中学校の学区で、売りに出ている一戸建が、その1件しかありませんでした。
3月末は、4月からの新生活に向けて、家を探す方がいちばん多い時期です。「この学区に、どうしても住みたい」というご家族にとって、売り物件がその1件だけなら、多少高くても手が届くなら買いたい、となります。
結果として、相場より20%ほど高い金額で売れました。売られたお客さまはたいへん喜ばれて、その後、売却を検討しておられるお知り合いを5人ご紹介くださり、そのすべてが成約に至りました。
これは、「時期」と「その物件を本当に必要としている人」が重なった例です。ただし、こういうことは、狙って再現できるものではありません。あくまで「上にも動くことがある」という一例です。
相場より安くなる事情もある
逆に、相場より大きく下がる物件もあります。
たとえば、告知事項がある物件です。こうした物件は、もちろんきちんとご説明したうえで売却します。内容によっては、通常の相場より価格が下がることがあります。
また、再建築できない一戸建も売ったことがあります。いまの家を壊すと、新しい家を建てられない土地です。買い手が限られるため、やはり相場より大きく下がります。
ここで大事なのは、下がっても、正しく手順を踏めば、売れるということです。事情を隠さず、その事情を承知のうえで買ってくださる方を、きちんと探す。時間はかかりますが、道はあります。
こんなことがありました
問題は、値段を下げても、買い手がつかない物件がある、ということです。
駅からバスで25分ほどのところにある、あるマンションでのことです。同じマンションで、200万円から400万円ほどの値段で、いくつもの部屋が売りに出ていました。
「その値段で家が買えるなら安い」と思われるかもしれません。ですが、そう単純ではありませんでした。買って、住めるように直したとしても、将来また売らなければならなくなったとき、いまよりもさらに売れなくなります。それなら、買うのではなく、賃貸を借りたほうがいい——そう判断される方が、大半だったのです。
つまり、買った時点から値下がりが続き、出口が見えないのです。だから、安くても、なかなか買い手がつきませんでした。
それでも、持っているだけで、管理費や修繕積立金、固定資産税はかかり続けます。住まないのに、費用だけが出ていく。こうなると、資産どころか、重荷になってしまいます。
そして、こういう物件は、大手の仲介会社が扱いたがらないことが多いです。中小や地元の不動産会社が扱ってくれることもありますが、大手が敬遠するのには理由があります。一件あたりの手数料が小さいことに加えて、現地まで遠く、そこへ行くだけで時間がかかるからです。
バブルのころは、お店から2時間かかる物件でも扱っていました。安いといっても2,000万円ほどはしましたから、売主か買主の一方からいただく仲介手数料でも、60万円を超えたのです。ところが、200万円や400万円ほどの物件では、それも見込めません。遠くて、安い。この二つが重なると、扱い手そのものが見つかりにくくなります。
こうした低価格の不動産が流通しにくいことなどを背景に、2024年7月から、800万円以下の低廉な空家等について、仲介手数料の上限を見直す特例が設けられました。国土交通省によれば、現在の特例では、依頼者の一方から受け取れる上限は税込33万円です。
なお、この「低廉な空家等」は、実際に空き家であるかどうかを問いません。価格が800万円以下の宅地・建物であれば、対象になり得ます。
制度が見直されるほどに、「売れない不動産」が社会の問題になってきているということです。
「早く」と「高く」は、両立しないと思っておく
もうひとつ、相続の場面で必ずと言っていいほど起きることがあります。
相続で不動産を売るとき、多くのご相続人は、「早く売りたい」と「高く売りたい」を、同時に望まれます。相続税の納税や、遺産分割の都合で急いでおられるのに、値段も下げたくない。お気持ちは、よく分かります。
ですが、この二つは、両立しないのが普通です。まれに、早く、しかも高く売れることもあります。私自身、そういう経験もしました。ですが、それを当てにはできません。厳しめに、両立しないものと思って備えておくほうが安全です。
高く売るには、その値段で買ってくれる人が現れるまで、待つ時間が要ります。早く売るには、値段を下げて、いま買える人に手を挙げてもらうしかありません。「早く」と「高く」は、シーソーの両端だと思ってください。
相続には、期限があります。相続税の申告と納税は、原則として、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。相続税の申告・納税期限が迫ってくると、不動産を売却して納税資金をつくる必要があるご家庭では、売却を急がざるを得ない場合があります。
種類そのものが、売りにくい不動産もあります
物件の「種類」によって、はじめから売りにくいものもあります。マンションを例に、二つ挙げます。
戸数の少ないマンション
戸数の少ない小規模なマンションでは、大規模修繕などに必要な費用を少ない戸数で負担することになるため、場合によっては一戸あたりの負担が重くなることがあります。管理組合の運営も、担い手が少なく、回りにくくなることがあります。買う側は、こうした点を気にするため、売りにくくなることがあります。
管理のよくないマンション
マンションは、管理の状態が値段に大きく響きます。管理のよくないマンションは、売りにくくなります。たとえば、長期修繕計画が適切に作成されていない、修繕積立金が不足している、管理組合の運営が十分に機能していない、といったケースです。
国土交通省の管理計画認定制度でも、管理組合の運営、経理、長期修繕計画、修繕積立金などが重要な確認項目になっています。買う方は、こうした点を気にします。管理の状況がはっきりしないと、不安を持たれ、売りにくくなります。
これらは、ご本人が住んでおられるときは、まったく問題を感じません。「売る」となって初めて、売りにくさが表に出てくるのです。
だから、親が元気なうちに「いま、いくらで売れるか」を知っておく
ここまで読んで、不安になられたかもしれません。ですが、お伝えしたいのは逆です。これらは、親が元気なうちに知っておけば、打てる手がある、ということです。
いちばんの生前対策は、シンプルです。親が元気で、判断ができるうちに、一度きちんと査定してもらい、「わが家の不動産は、いま、いくらで、どれくらいの時間で売れるのか」を知っておくことです。
- 相場を、思い込みでなく、現実で知る。「これだけの価値があるはず」という値ごろ観は、たいてい、いまの相場とずれています
- 売れるまでの時間を、知っておく。すぐ売れる物件か、時間のかかる物件かで、備え方が変わります
- 売りにくい事情があるなら、早めに分かる。再建築不可、管理の問題、値のつかない立地。分かっていれば、生前のうちに手を打てます
- 値段のつきにくい不動産なら、なおさら早く。持っているだけで費用がかかり続けます。どうするかを、家族で話しておく時間が要ります
相続してから、お子さんが慌てて査定に出すと、どうなるか。売り急ぐために、現実を知る心の準備もないまま、厳しい金額で手放すことになりがちです。親が元気なうちに一度知っておくだけで、この慌てが、なくなります。
親の家は、たいてい「相続してから」売ることになります
ここで、正直に申し上げておきたいことがあります。親が住んでいる家を、売りにくいからといって、生前に売ることは、まれです。私の32年の経験でも、親御さんが住んでいる家は、亡くなってから売るのが普通でした。いま住んでいる家を、先に手放す方は、そう多くありません。
ですから、この回でお伝えしたいのは、「いますぐ売りましょう」ということではありません。売るのは、たいてい相続してからになる。だからこそ、その前に、やっておけることがあるということです。二つに分けてお話しします。
使っていない不動産は、生前の処分も考える
まず、親が住んでいる家とは別に、使っていない不動産をお持ちの場合です。遠方の土地、空いたままのマンション、かつて買った別荘地など。こうした不動産は、住む家と違って、生前に手放すことも十分に考えられます。
持っているだけで、管理費や固定資産税がかかり続けます。売りにくいものほど、放っておくと、そのままお子さんの負担になります。売れるうちに、そして親が元気で動けるうちに、どうするかを考えておく価値があります。この回でお話しした「値段のつきにくい不動産」ほど、早めに向き合っておきたいところです。
住んでいる家は、引き継ぎ方を決めておく
一方、親が住んでいる家は、生前に売らないのが普通です。そのぶん大事になるのが、「誰が引き継ぐか」を、あらかじめ決めておくことです。
売りにくい不動産は、相続して兄弟姉妹の共有名義になると、不動産全体を売却するには、原則として共有者全員の同意が必要になります。「誰がいくら負担するか」でもめやすく、話がまとまらないまま、その間も管理費や固定資産税はかかり続けます。これを防ぐには、遺言書で引き継ぐ人を決めておくのも一つの方法です。ただし、分けられる財産がその家しかない場合は、遺言だけでは公平が保ちにくいことがあります。だからこそ、第13回でお話ししたように、元気なうちに、家族で話しておくことが、いちばんの備えになります。
そして、こうした話し合いを重ね、遺言など、本人の意思に基づく法律上の手続きを進めるためには、親御さんの判断能力がしっかりしているうちに準備しておくことが大切です。売りにくい不動産こそ、その一歩を、早めに踏み出しておく値打ちが大きいのです。
まとめ
- 不動産に、定価はありません。同じような物件でも、時期・相手・売り方で、上にも下にも大きく動きます
- 相場より高く売れることもあれば、事情によって相場より下がることもあり、値段をつけても売れないこともあります
- 「早く」と「高く」は、両立しないのが普通です。相続税の申告・納税期限が迫ると、売却を急がざるを得ない場合があります
- 戸数の少ないマンションや、管理のよくないマンションなど、種類そのものが売りにくい不動産もあります
- いちばんの生前対策は、親が元気なうちに一度きちんと査定してもらい、「いま、いくらで、どれくらいで売れるか」を知っておくこと
- 親が住んでいる家は、亡くなってから売るのが普通。だから、引き継ぎ方を、元気なうちに決めておく(共有名義になると、売りにくい不動産ほどもめます)
- 使っていない不動産(遠方の土地・空きマンションなど)は、生前の処分も考えておく。持っているだけで費用がかかり続けます
不動産は、いちばん高額で、いちばん売りにくい財産です。だからこそ、元気なうちに一度、現実を知っておく。それだけで、ご家族が将来背負うものが、大きく変わります。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。ご実家やお持ちの不動産について、「いま、どれくらいで売れそうか」「売りにくい事情はないか」の見立ても、これまで見てきた例をもとに、整理してお伝えします。
なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断が必要な場面は弁護士・司法書士、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ
増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、ご相談者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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