前回は、引き出しから見つかった遺言書のお話をしました。ご主人は、土地の売却が間に合わないときのために、遺言書を残しておられました。
今回も、「間に合わないときのため」の備えのお話です。健康状態によっては、選べなくなる備えがあります。
私が実際にお手伝いした事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。
「やっぱり、キャンセルしたいんです」
30年ほど前、不動産会社で住宅の売買の仲介をしていたころのことです。
数週間前に、マンションの購入を決められたご家族がいました。40代のご主人と奥さま、そして2人のお子さんです。
ある日の午後、そのご主人から電話がありました。
「すみません。やっぱり、キャンセルしたいんです。」
声には、迷いと戸惑いがにじんでいました。すぐにお会いしましょうとお伝えして、喫茶店でお話をうかがうことにしました。
「体調に、自信がないんです」
ご主人はコーヒーカップを見つめたまま、ぽつりとおっしゃいました。
「最近、体の調子がどうも良くなくて。こんな自分が、家なんて買って大丈夫なんでしょうか。」
キャンセルの本当の理由は、健康への不安でした。
「今回の住宅ローンには、団信がついています」
私は、こうお伝えしました。
「今回の住宅ローンには、団体信用生命保険がついています。万が一のときは、ローンが返済されて、ご家族が住まいを失わずに済みます。」
そして、もう一つ。
「いま、団信に入れる健康状態であることは、むしろ大事なことです。この先、加入できない状態になると、住宅ローンそのものを組めなくなることもあります。」
ご主人は、健康状態を正しく告知したうえで、団信に加入することができました。そして、マンションを購入されました。
4年後の電話
それから4年ほどたったある日、奥さまから電話がありました。
「主人が、今朝、亡くなりまして。」
ご主人は、急に亡くなられたのでした。奥さまは、住宅ローンのことが気になって、その日のうちに、すぐに私に連絡をくださったのです。
喫茶店でのあの日のことが、頭をよぎりました。
住宅ローンは、団信によって返済されました。奥さまとお子さんたちは、ローンのない家に、そのまま住み続けることができました。
その後、奥さまはご実家のある地方に戻られることになり、マンションを売却されました。私はそのころ別の部署に移っていたため、売却は同僚が担当しました。奥さまは、ご実家のある地方で、新しい家を建てられました。
一通のハガキ
しばらくして、奥さまから一通のハガキが届きました。
「主人は亡くなってしまいましたが、あのとき家を買っていなければ、私たちは本当に困っていたかもしれません。いまこうして新しい家で暮らせるのは、あのときの選択のおかげです。」
添えられた写真には、新しい家の前で笑うお子さんたちの姿がありました。
団体信用生命保険(団信)とは
ここから、制度の話をします。30年前と今とでは、団信の仕組みも変わっています。ここでは、現在の一般的な形でご説明します。
- 住宅ローンを借りた人が亡くなったり、所定の高度障害状態になったりしたときに、保険金で残りのローンが返済される仕組みです
- 多くの民間の金融機関の住宅ローンでは、団信への加入が借り入れの条件になっています。一方で、フラット35のように、加入が任意のローンもあります
- 多くの団信では、加入するときに健康状態の告知が必要です。健康状態によっては、加入できないこともあります。条件は、商品によって異なります
- 保障の範囲は、商品によって異なります。がんや三大疾病などに備える特約がついたものもあります
告知は、正確に
大切な注意があります。健康状態の告知は、正確に行ってください。
告知が事実と異なる場合、告知義務違反として契約が解除されたり、保険金が支払われなかったりすることがあります。具体的な取扱いは、契約内容や告知の状況などによって異なります。
相続の目で見ると
団信は、相続の場面でも大きな意味を持ちます。
団信で返済された家は、ローンのない状態で引き継げます
今回のご家族のように、団信によって住宅ローンの残債が返済されると、家はローンのない状態になります。家を相続する方は、住み続けることも、売却して住み替えることもできます。ただし、実際に誰が家を相続するかは、所有関係や遺言書の有無などによって異なります。
なお、団信で返済された住宅ローンは、相続人が支払う必要のない債務になるため、相続税を計算するときに、借入金(債務)として差し引くことはできません。一方、団信が適用されず、実際に相続人が負担することになる借入金については、債務として差し引けるかどうかを、個別に確認する必要があります。相続税がかかるかどうかの判断は、相続を主に扱っている税理士にご相談ください。
団信を使うには、金融機関への連絡が必要です
団信は、契約内容に基づいて保障が適用されますが、住宅ローンの完済手続きを進めるためには、通常、ご家族などから金融機関への連絡が必要です。手続きの具体的な流れは、契約や金融機関によって異なります。
なお、住宅ローンが完済されても、抵当権の登記は自動的には抹消されません。完済後は、必要に応じて抵当権抹消登記の手続きを行います。
どの金融機関で借りているのか、団信に加入しているのか、保障の範囲はどこまでか。こうした情報を、家族で共有しておくことが大切です。
団信で返済されないローンは、相続の対象になります
団信に加入していない場合や、保障の対象にならず住宅ローンが残る場合は、その借入金も、原則として相続の対象になります。
相続人は、家などの財産だけでなく、借入金などの債務も引き継ぐことになります。借入金の額や財産全体の状況を確認し、必要に応じて専門家に相談してください。
相続放棄をすると、借入金だけでなく、家を含めて、亡くなった方の相続財産を一切引き継がないことになります。相続放棄には原則として3か月の期限があるため、判断に迷う場合は、早めに弁護士などの専門家に相談してください。
夫婦で借りているときは、特に確認を
夫婦で住宅ローンを借りている場合は、特に確認が必要です。
ペアローンや連帯債務など、借り方によって団信の仕組みが異なります。どちらかが亡くなった場合でも、もう一方のローンが残ることがあります。
夫婦それぞれが、どのローンを契約し、どのような団信に加入しているのかを確認しておきましょう。
いまのうちに、できること
今回のお話で、いちばんお伝えしたいのは、団信は、健康状態によっては加入できなくなることがある備えだということです。
住宅ローンの利用や住み替えを考えているなら、健康状態の告知が必要になることも踏まえ、早めに検討しておくことが大切です。
- 住まいの備えは、早めに考える。住宅の購入や住み替えを考えているなら、健康状態の告知が必要になることも踏まえ、早めに検討を始めておくことです
- 住宅ローンの契約内容を、家族で共有しておく。どの金融機関で借りているか、団信に加入しているか、保障の範囲はどこまでか、残りのローンはいくらか。いざというとき、家族が知らなければ、金融機関への連絡も遅れてしまいます
- 夫婦で借りているなら、それぞれのローンと団信を確かめる。どちらかが亡くなったとき、ローンがどれだけ残るのかを知っておきます
- 団信に入れない、または団信のないローンがあるなら、ほかの備えを考える。生命保険で残りのローンに備えるなど、家族が住まいを失わない方法を、元気なうちに検討しておきます
- 告知は、正確に。備えのつもりが、いざというときに役に立たない、ということのないようにします
まとめ
- 団体信用生命保険(団信)は、住宅ローンを借りた人が亡くなったり、所定の高度障害状態になったりしたとき、保険金で残りのローンが返済される仕組みです
- 多くの民間の住宅ローンでは、加入が借り入れの条件です。多くの団信では、加入するときに健康状態の告知が必要で、健康状態によっては加入できないこともあります。団信への加入が必須ではない住宅ローンもあります
- 告知は正確に。告知が事実と異なる場合、告知義務違反として契約が解除されたり、保険金が支払われなかったりすることがあります
- 団信で残債が返済されると、家はローンのない状態になります。完済の手続きを進めるには、通常、ご家族などから金融機関への連絡が必要です。団信で返済されないローンは、原則として借入金として相続の対象になります
- 夫婦で借りているときは、夫婦それぞれが、どのローンを契約し、どのような団信に加入しているかを確かめておきましょう
- 団信は、健康状態によっては加入できなくなることがある備えです。住まいの備えは、早めに考えておきましょう
「あのときの選択のおかげです。」ハガキのこの一文を、私はいまも忘れられません。家を買うことは、ときに、家族を守る静かな備えになるのだと思います。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。住まいの購入や住み替えをどう考えればよいか、住宅ローンが残る家の備えをどうすればよいかなど、これまでの経験をもとに、整理してお伝えします。
不動産の売却価格については、一般的な相場の考え方を整理したうえで、具体的な価格査定が必要な場合には、宅地建物取引業者へおつなぎします。
なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断や手続きが必要な場面は、内容に応じて弁護士・司法書士などの専門家へ、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ
増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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