前回は、介護をした人は相続で報われるのか、というお話をしました。今回は、その裏側で起こることです。
親のお金が、いつの間にか無くなっていた。この手の問題は、親が亡くなったあとに、初めて分かるケースも少なくありません。
私が実際に関わった事例をもとに、お話しします。個人が特定されないよう、家族構成や時系列などを一部再構成しています。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、お話しします。
電話は途中で切られ、訪ねても居留守でした
お母さまはすでに亡くなり、お父さまは一人で暮らしていました。身の回りの世話や病院の付き添いは、近くに住む妹さんがしていました。お父さまのキャッシュカードも、妹さんが預かっていました。
お父さまが亡くなったのは、平成28年7月のことです。
ご長男が相続の手続きを進めようとしたとき、お金のことがはっきりしませんでした。妹さんに電話をすると、話の途中で切られます。訪ねていっても、居留守を使われました。
何度か連絡を試みましたが、話し合いになりません。そこでご長男は、お父さまが使っていた金融機関に、取引の記録を請求しました。
記録を見て、言葉を失いました
記録には、こう残っていました。
- 入院中に、50万円が4回
- 亡くなった当日に、午前と夕方、それぞれ50万円
- 葬儀が終わったあと、残っていたお金を、すべて
いずれも、預かっていたキャッシュカードを使って、現金で引き出されていました。口座には、がんの診断給付金、入院保険金、年金などが入っていました。
「兄妹のことだから、穏便に済ませたかった」。ご長男は、そう話しておられました。それでも、話し合いにならない以上、進めようがありませんでした。
生命保険の受取人も、変わっていました
お父さまには、200万円の終身保険がありました。預貯金がほとんどなく、このままでは葬儀も出せない。そう考えたご長男がすすめて、お父さまが60代のはじめに加入したものでした。
受取人は、はじめはお母さまでした。お母さまが亡くなったあと、お父さまがご長男と妹さんで半分ずつに変更しています。そのことは、ご長男もお父さまから聞いていました。
ところが亡くなったあとに分かったのは、受取人が、全額、妹さんに変更されていたということです。変更されたのは、入院するよりも前でした。
ご長男は、保険会社から変更の書類を取り寄せました。そこにあったのは、お父さまご自身の筆跡でした。
この点について、知っておいていただきたいことがあります。
- 死亡保険金は、受取人が受け取る、その人自身の財産です。遺産分割の対象にはなりません
- 生命保険の受取人は、契約者が変更できる場合があります。契約内容によって手続きが異なるため、保険会社への確認が必要です。受取人が変更されても、ほかの家族が当然にその事実を知るとは限りません
- 本人が変更手続きを行ったことが確認できる場合でも、具体的な事情によっては争いになる可能性があります
- ただし、受け取る金額がほかの相続人と比べて著しく不公平な場合には、特別受益に準じて考慮された裁判例があります(最高裁 平成16年10月29日)
なお、お母さまはお父さまより先に亡くなっており、そのときの葬儀の手配、香典返しの手配、お墓の手配などは、ご長男ご夫婦がしていました。
内容証明、調停、審判、そして訴訟
弁護士に相談し、まず内容証明郵便で、引き出したお金について説明を求めました。回答はありませんでした。
次に、家庭裁判所に遺産分割の調停を申し立てました。ところが妹さんは、一度も出席しませんでした。調停は不成立となり、審判へ移りました。
そして、引き出されたお金については、不当利得返還請求訴訟を起こすことになりました。
ここで、大切な事実があります。お父さまは、銀行から現金が引き出されていたことを知る前に亡くなっていました。そのため、引き出しがお父さまご自身の意思によるものだったのか、誰が何のために引き出したのか、そして引き出されたお金が何に使われたのかが問題になりました。
お父さまは、退院してから1か月も経たないうちに、自宅のトイレで倒れて亡くなりました。ひとりで亡くなられたため、当日は検視のために警察が搬送しています。口座から現金が引き出されていたことが分かったのは、その後のことでした。
葬儀代、入院費用、住まいの賃料、光熱費などの領収書は出てきました。ただ、引き出された金額と比べると、ごくわずかでした。
結末は、裁判所が示した金額での和解でした
判決ではなく、和解で終わりました。裁判所が示した金額で、双方が折り合ったのです。
和解の中身は、こういうものでした。
- 本来、残っていたはずの金額を出す
- そこから、入院費用、葬儀代、住まいの退去費用など、実際にかかった分を差し引く
- 残ったお金を、2分の1ずつ分ける
その金額が、弁護士を通じて、妹さんから送金されました。
手続きとしては、これで終わりです。ただ、ご兄妹の関係は、いまも戻っていません。
なぜ、亡くなってから分かるのか
ここが、この問題のいちばん難しいところです。
親の世話をしている人が、通帳やキャッシュカードを預かるのは、自然なことです。買い物も、入院費の支払いも、その人がすることになります。
けれども、そうなると、ほかの家族には、お金の出入りがまったく見えません。「ちゃんとやってくれているのだろう」と思っているうちに、年月がたちます。
そして、親が亡くなったあと、取引履歴を確認して初めて、死亡前後のお金の動きが分かることがあります。詳しい中身は、取引の記録を請求して、ようやく分かります(手数料がかかる場合があります)。
判断能力が落ちてきた親のお金が、そのまま使われてしまう。残念ながら、珍しい話ではありません。
「おかしい」と思ったときに、できること
まず、取引の記録を取り寄せる
亡くなった方の口座の取引経過は、相続人の一人から、単独で請求できます。ほかの相続人の同意は要りません(最高裁 平成21年1月22日判決)。手数料はかかりますが、これが出発点になります。
記録が出たら、時期と金額を並べてみてください。入院中、亡くなった当日、葬儀の後。不自然な出金は、ここで浮かび上がります。
使い道を確かめる
引き出されたお金が、入院費や介護費など、本人のために実際に使われていたのであれば、正当な支出として扱われる可能性があります。領収書や明細などで使い道を説明できるかどうかが重要です。
いきなり責めないでください。「使い込みだ」と決めつけて話を始めると、答えてもらえなくなります。確かめたいのは金額ではなく、使い道です。
保険の受取人も確かめる
預金だけではありません。生命保険の受取人が変わっていないかも、確かめてください。今回のケースでは、保険会社から変更の書類を取り寄せることができました。
繰り返しになりますが、受取人が変更されていても、それが本人の意思によるものであれば、原則としてその変更が尊重されます。ただし、具体的な事情によっては争いになる可能性があります。
遺産分割に含める方法があります
亡くなった後、遺産分割が終わる前に遺産が処分された場合、一定の条件のもと、その財産を遺産として存在するものとみなして分けることができます(民法906条の2)。相続人全員の同意が必要ですが、処分をした相続人については、その本人の同意は必要ありません。
なお、この規定は令和元年7月1日以後に始まった相続に適用されます。今回ご紹介した事例は平成28年に相続が始まっているため、この規定は適用されません。
それでもまとまらなければ、家庭裁判所の調停・審判へ。返還を求めるなら、訴訟になります。
なお、返還を求める権利にも期限(時効)があります。いつの相続かによって扱いが変わりますので、気づいたら早めに弁護士へご相談ください。時間がたつほど、資料も記憶も失われます。
元気なうちに、できること
ここからが、生前対策の話です。この問題は「疑わない家族を作る」ことでは防げません。お金の流れが、あとから見える形にしておくことが、唯一の備えだと思っています。
- お金の管理を任せるなら、範囲を決める。「生活費と医療費はここから」「大きな支払いは相談する」。任せる側が、元気なうちに決めておきます
- 預かる側は、記録を残す。いつ、いくら、何に使ったか。ノートと領収書で十分です。これは、疑われないための備えでもあります
- きょうだいで、共有しておく。誰が通帳を預かっているのか、どの口座があるのか。言いにくいことですが、後から揉めるよりずっと楽です
- 正式な仕組みも検討する。任意後見や家族信託は、判断能力があるうちにしか選べません。認知症と資産凍結の回、家族信託の回でお話ししています
- 生命保険の受取人を、確認しておく。受取人が変更されても、ほかの家族が当然にその事実を知るとは限りません。「誰が受け取る形になっているか」を、元気なうちに家族で確かめておきます
- 銀行の代理人の仕組みを使う。代理人カードや代理人の届出を用意している金融機関があります。カードをそのまま預けるのではなく、誰が、どのような権限でお金を管理するのかを明確にしておくことが重要です
そして、亡くなったあとのことも、知っておいてください。
- 葬儀費用のために、勝手に引き出さない。遺産分割の前でも、仮払い制度で一定額を引き出せます(残高に3分の1と法定相続分をかけた額、1つの金融機関で150万円まで)
- 相続放棄を考えているなら、手をつけない。相続財産を処分した場合などには、法定単純承認とみなされる可能性があります。自己判断で使わず、具体的な行為について早めに専門家へ確認してください
まとめ
- 親のお金をめぐる問題は、親が亡くなったあとに初めて分かることも少なくありません。銀行に届けて初めて、死亡後の出金が判明することがあります
- 亡くなった方の口座の取引経過は、相続人の一人から単独で請求できます(手数料がかかります)
- 引き出されたお金も、本人のために実際に使われていたのであれば、正当な支出として扱われる可能性があります。領収書や明細で使い道を説明できるかどうかが重要です
- 遺産分割の前に処分された財産も、一定の条件のもと遺産として存在するものとみなして分けられます(民法906条の2。令和元年7月1日以後に始まった相続に適用)
- 話し合いにならなければ、調停・審判、返還を求めるなら訴訟。今回の事例は、裁判所が示した金額で和解しました
- 死亡保険金は、受取人その人の財産です。遺産分割の対象にはならず、受取人が変更されても、ほかの家族が当然にその事実を知るとは限りません
- 元気なうちにできるのは、お金の流れを、あとから見える形にしておくことです。範囲を決める、記録を残す、きょうだいで共有する
- 亡くなったあとは、勝手に引き出さず、仮払い制度を使ってください
お金の争いは、財産の問題として始まり、家族の関係を終わらせてしまうことがあります。だからこそ、見えるようにしておく。それが、残される人への思いやりでもあるのだと思います。
個別のご相談について(無料・月5件まで)
ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。親のお金の管理をどう決めておけばよいか、また、気になる出金が見つかったときにどこから手をつければよいかも、これまで見てきた例をもとに、整理してお伝えします。
なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断や手続きが必要な場面は、内容に応じて弁護士・司法書士などの専門家へ、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は宅地建物取引業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。
一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。
ご相談はこちら: https://lin.ee/n21qVxJ
増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、関係者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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