親と相続の話、どう切り出す? 財産ではなく「これからの暮らし」から始める

生前対策

前回は、令和8年6月に成立・公布された改正法で、遺言と成年後見が今後どう変わるかをお伝えしました(いずれもまだ施行されていません)。今回で、このシリーズは13回目になります。

ここまで、遺言書、生前贈与、生命保険、不動産、家族信託、費用、認知症への備えと、ひととおりお話ししてきました。ただ、そのすべてが、ひとつのことを前提にしています。

親子で、話ができていること。

そして、ご相談でいちばん多く聞かれるのが、実はここです。「そもそも、どう切り出せばいいんですか」。1級ファイナンシャル・プランニング技能士・CFP®の増島正典が、実務で見てきたことからお答えします。


なぜ、この話は止まるのか

まず、止まる理由を分けて考えます。親の側と、子の側で、まったく違うからです。

親の側

  • まだ先のことだと思っている。「元気なうちは必要ない」と考えておられる方が多いです
  • 財産の話をしたくない。いくら持っているかを子に知られたくない、という気持ちは自然なものです
  • 子どもたちが争う姿を想像したくない。考えること自体を避けておられる場合があります
  • 決めてしまうのが怖い。書いたら取り返しがつかない、と思っておられることがあります(遺言書は書き直せます)

子の側

  • 財産を狙っていると思われたくない。これがいちばん大きいと思います
  • 親の死を前提にした話をするのが、後ろめたい
  • 兄弟姉妹に、抜け駆けだと思われたくない
  • 切り出したら、関係が悪くなるかもしれない

並べてみると、はっきりすることがあります。どちらも、財産の話をしたくないのです。にもかかわらず、多くの方が、財産の話から切り出そうとします。


こんなことがありました

まず、正直に申し上げます。親子で相続の話をしている、というお話を聞くことは、多くありません。私の実感としては、かなり少ないです。

以前、事業をされている方から、こんなお話をうかがいました。

お店を営まれていて、その利益で不動産を購入し、賃貸事業もされている方でした。相続税がかかることが、はっきりしている規模です。

その方は、こうおっしゃいました。

「相続税の納税資金は、現金で用意してある。だから困らない。子どもには、相続のことは一切話していない」

そして、ひとこと、こう付け加えられました。「子どもが困ることはないから」と。

この言葉が、私にはずっと残っています。

準備は、できているのです。むしろ、多くの家よりもはるかに進んでいます。納税資金まで現金で用意しておられる方は、そう多くありません。

それでも、お子さんには、何も伝わっていません。

そして「困ることはない」というのは、親御さんの判断です。お子さんがどう受け取るかは、また別の話です。

この方を責めているのではありません。むしろ逆です。親が話さないのは、隠しているからではないのだと思います。「心配をかけないこと」が、親としての務めだと考えておられるのです。

ただ、お金で困らないことと、もめないことは、同じではありません。第1回でお伝えしたとおり、もめるかどうかを分けるのは、財産の額ではないからです。


「相続の話」として切り出すから、止まる

ここが、今日いちばんお伝えしたいところです。

「相続の話、しておかない?」——この一言で、たいてい止まります。

なぜなら、この言葉は、聞いた側にはこう届くからです。「あなたが亡くなったあとの、お金の分け方の話をしよう」。そう言われて、機嫌よく話し始める親はいません。

言った側にそんなつもりがなくても、「相続」という言葉には、財産と死の両方が入っています。二つ同時に持ち出しているのですから、止まって当然です。

ですので、私がおすすめするのは、これです。

相続の話を、しないこと。


入口は、財産ではなく「これからの暮らし」

相続の話をせずに、どうやって備えるのか。入口を、財産から暮らしに変えます。

親が本当に考えたいのは、亡くなったあとのことではありません。これから先、どこで、どう暮らすかです。そして、そこを話していくと、財産の話には自然に行き着きます。

たとえば、こういう入口があります。

  • この家、これからどうする? 住み続けるのか、いずれ移るのか。第9回でお話しした空き家の問題は、ここから始まります
  • 体が動かなくなったら、どこで過ごしたい? 自宅か、施設か。希望を聞いておくだけで、いざというときの判断が変わります
  • 何かあったとき、誰に連絡すればいい? かかりつけの病院、保険、親しい方の連絡先。これは今日から聞けます
  • 固定資産税の通知、どこに置いてある? 書類の在りかを聞くのは、財産の額を聞くこととは違います

どれも、財産の額を聞いていません。それでいて、相続で必要になる情報の、かなりの部分が集まります。

そして何より、親にとっては「自分の暮らしを心配してもらっている」話になります。同じことを聞いているのに、受け取られ方がまったく違います。


きっかけは、外から借りる

それでも、いきなり切り出すのは難しいものです。私がおすすめするのは、きっかけを自分で作らず、外から借りることです。

  • 親戚や知人に相続があったとき。「◯◯さんのところ、大変だったみたいだね」から始められます。他人の話なので、角が立ちません
  • ニュースや制度の改正。「そういえば、相続登記って義務になったんだって」「遺言のルールも、これから変わるんだって」。制度の話は、感情が乗りません
  • 自分の側から始める。「私、エンディングノート書いてみたんだ」。子が先に書いて見せると、親は身構えません。これがいちばん効くと思います
  • 入院や手術があったとき。親でも自分でも構いません。健康の話は、暮らしの話につながります

なお、エンディングノートには法的な効力はありません。遺言書の代わりにはならない、という点だけは押さえておいてください。ただ、話を始める道具としては、とても優れています。


私が、ご相談者にお伝えしている四つのこと

これは、相続人どうしの話し合いについて私がお伝えしてきたことですが、親子の会話にも、そのまま当てはまります。

  • ① まず、相手の話をよく聞く。自分の要望を先に言わない
  • ② その場では、結論を出さない。一度で決めようとすると、身構えられます
  • ③ 相手が何を望んでいるかを確かめる。「どうしたい?」と聞く
  • ④ 自分の希望は言わず、持ち帰る。次の機会に、あらためて

とくに②が大事だと思っています。「今日、決めてしまおう」と思って臨むと、相手にも伝わります。一回の会話で終わらせない。三回に分けるくらいのつもりでちょうどいいです。


言わないほうがいい一言

逆に、これを言うと止まる、という言葉もあります。

  • 「相続、どうするの?」——財産の分け方の話に聞こえます
  • 「もしものときは」——死を前提にした言い方は、身構えられます
  • 「早く決めてよ」——急かされると、人は決められなくなります
  • 「お兄ちゃんはどう言ってるの?」——兄弟の名前を出すと、親は「取り合いが始まっている」と感じます
  • 「いくらあるの?」——最初に聞くことではありません。書類の在りかが分かれば、金額は後からでも分かります

どれも、悪気があって言うわけではありません。ただ、受け取る側には、こう聞こえることがあるということです。


ご兄弟がいる場合は、順番に気をつける

ここは、実務でとくに多い落とし穴です。

一人だけで親と話を進める場合は、あとで「勝手に進めた」と他のご兄弟から受け取られないよう、情報共有に配慮することが大切です。ご本人にまったく他意がなくても、他のご兄弟からはそう見えてしまうことがあるからです。

おすすめは、次の二つです。

  • 親と話した内容は、できるだけ早めに他のご兄弟にも共有する。結果だけでなく、どういう流れでその話になったかも含めて
  • 「決めた」ことは作らない。親から聞いたことを共有するにとどめ、分け方の話は、この段階では出さない

第1回からお伝えしているとおり、もめるかどうかを分けるのは、財産の額でも、ご兄弟の人数でもありません。話し合いができたかどうかです。その話し合いは、この段階から始まっています。


それでも話せないときは、自分の側から

何度試しても、親が応じてくださらないことはあります。そのときは、無理に続けないでください。関係が壊れるほうが、はるかに損失が大きいからです。

そのうえで、親の同意がなくてもできることが、いくつもあります。

  • 実家の場所、名義、おおよその状況を把握しておく。不動産の登記情報は、原則として誰でも確認・取得できます(ただし、対象の不動産を特定して請求するのが原則です)
  • ご自身の側の準備をしておく。ご自身が先に体調を崩す可能性もあります
  • 相談できる先を、いまのうちに持っておく
  • 制度を知っておく。いざ動くときに、何ができて何ができないかが分かっていれば、判断が早くなります

ただし、親の預貯金や保険の内容を、ご本人の同意なく金融機関や保険会社に照会・取得しようとすることは避けてください。重要な個人情報ですし、あとでご兄弟に知られたときに、疑いを持たれる原因にもなります。なお、相続が始まったあとは、相続人として金融機関に照会できる場面があります。

そして、第11回でお伝えしたことを、もう一度申し上げます。親の判断能力が低下すると、できることは大きく狭まります。話せないまま時間が過ぎることの代償は、決して小さくありません。


まとめ

  • 親も子も、財産の話はしたくない。それなのに、多くの方が財産の話から切り出しています
  • 「相続」という言葉には、財産と死の両方が入っています。二つ同時に持ち出せば、止まって当然です
  • 入口を、財産から「これからの暮らし」に変える。家をどうするか、どこで過ごしたいか、連絡先はどこか
  • きっかけは外から借りる。知人の相続、制度の改正、そして自分が先にエンディングノートを書いてみせる(法的効力はありませんが、話を始める道具としては優れています)
  • まず聞く。その場で結論を出さない。何を望んでいるか確かめる。自分の希望は持ち帰る
  • ご兄弟がいる場合は、情報共有に配慮する。話した内容は、できるだけ早めに同じように共有する
  • 話せないときは無理をせず、ご自身の側の準備を進める

12回にわたって制度の話をしてきましたが、そのどれもが、この一歩の先にあります。制度を知っていても、話が始まらなければ何も動きません。

そして、話は一度で終わりません。始めることさえできれば、あとは何度でも続けられます。


個別のご相談について(無料・月5件まで)

ご相談では、いまの状況を整理し、「何を・どの順番で・どの専門家に頼めばよいか」を一緒に考えます。ご親族とどう話を進めるかについても、これまで見てきた例をもとに、整理してお伝えします。

なお、遺言書の作成や後見の申立てなど、法律上の個別判断が必要な場面は弁護士・司法書士、相続税の試算や申告は相続を主に扱っている税理士、不動産の売却は不動産業者へおつなぎします。私自身が、法律や税務の判断をすることはいたしません。

一人で対応しておりますので、ご返信までに2〜3日いただくことがあります。また、じっくりお話をうかがうため、月5件までとさせていただいています。

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増島正典(ますじま まさのり)
1級ファイナンシャル・プランニング技能士/CFP®認定者 / 不動産・相続コンサルタント
不動産業界32年の経験をもとに、相続・老後のお金の不安をわかりやすく解消します。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法務・税務判断を保証するものではありません。ご紹介した事例は、ご相談者が特定されないよう、内容を一部変更しています。具体的なご相談は、法律面は弁護士・司法書士、税務は税理士、不動産の売却や価格査定は宅地建物取引業者、不動産鑑定評価が必要な場合は不動産鑑定士など、内容に応じた専門家へご確認ください。

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