―「高く売りたい」想いと
「早く買いたい」現実のはざまで
「主人が寝たきりになってしまって…
できれば、病院の近くに引っ越したい
んです」
そんな一本の電話から始まったご相談。
ご主人を介護する奥様、そして同居する
40代の娘さん。家族三人の暮らしを守り
ながら、住み替えをどう進めるか。
これは、あるご家庭の「苦渋の決断」
に寄り添った、不動産相談の実話です。
ご相談の背景:病院に通いやすい家へ
ある日、1本の電話が入りました。
受話器越しの声は、か細く、それでいて
強い決意が感じられます。
「主人がね、病院に通いやすい場所に、
引っ越したいんです」
早速、私はご自宅を訪問しました。郊外
の静かな住宅地。玄関を開けると、かす
かに漂う消毒薬の匂い。そして、奥の部
屋から聞こえる酸素吸入器のリズム。
ご主人はすでに3年近く寝たきり。通院
のたびに奥様が付き添い、娘さんが週末
に支える生活です。
立ちはだかる「資金計画」という壁
まず提案したのは、「購入を先行し、
その後に今の家を売却する」というプラ
ン。
理由は明確です。
・ご主人の介護環境を崩さないために、
仮住まいを避ける必要がある
・二度の引っ越しは、ご主人の健康に大
きなリスクをもたらす
しかし、ここで大きな問題が浮かび上が
りました――資金の問題です。
・手持ちの預金では、新居の購入には
届かない
・娘さんの収入では住宅ローンの上限が
足りない
・不動産担保ローンのご提案もしました
が、奥様はきっぱりと拒否されました
「借金はしたくないんです。たとえ便利
な場所に引っ越せたとしても、借金を
背負ってまで…という気持ちが拭えま
せん」
奥様の意思は固く、どのような形であっ
ても借金という選択肢は受け入れられな
いとのことでした。
奥様の葛藤:「高く売りたい」の本音
次に考えられるのは、今の家を相場より
少し安くして“お買い得感”を出し、
早く売却する方法。
ですが、それを提案すると奥様は黙り
込みました。
そして静かに言いました。
「やっぱり、できるだけ高く売りたいん
です」
この家には、ご主人との何十年もの思い
出が詰まっている。
そう簡単に「安くしてでも売りましょ
う」とは言えません。
私たちは、何度も資料を見ながら話し合
いましたが、奥様の心は揺れたまま。
「現実」と「感情」のはざまで、選択に
踏み切れない状態が続きました。
決断と、その後
最終的に、私はこう伝えるしかありませ
んでした。
「この条件では、当社として責任を持っ
てお引き受けすることができません」
お客様に無理を強いるわけにはいきませ
ん。
後悔やトラブルの可能性があるなら、
いったん立ち止まることも大切です。
数日後、娘さんから連絡がありました。
「母が少し前向きに考え始めています。
施設という選択肢も、少し話に出る
ようになりました」
無理に契約を取らなかったからこそ、
生まれた“ご家族の時間”。
私はそれで良かったと思っています。
まとめ:不動産取引は「数字」だけではない
このケースを通じて、私たちが学んだの
は次のことです。
・介護を抱える家庭の住み替えには、単
なる「損得」では測れない背景がある
・「仮住まいが無理」「借金は避けた
い」など、選択肢の制限を受け入れた
うえで提案する姿勢が求められる
・時に“断る”ことが、お客様の未来を
守る判断になることもある
【最後に】
不動産の相談は、単なる「売る」
「買う」では終わりません。
ご家族の暮らし方そのものに深く関わる
選択です。
もし今、あなたのご家庭でも同じような
悩みがあるなら、一度、立ち止まって、
丁寧に話を聞かせてください。
あなたの“後悔しない選択”を、
一緒に考えるために。
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