「すみません・・・少し相談したい
ことがあるんです」
その電話は、少し戸惑いの混じった
女性の声で始まりました。
私が「はい、大丈夫ですよ。どのような
ことでしょうか」と応じると、彼女は
小さく息を吸い込み、ゆっくりと語り
出しました。
「父が亡くなったんですが、相続のこと
で悩んでいて・・・。長女の姉が、
父のお金を勝手に使ってるみたいなん
です」
電話の主は三女のSさん。声からは、
困惑と不安がにじみ出ていました。
■ 家族の“温度差”
お父様には、奥様と三人の娘さんが
いました。
長女はご両親と同居し、最後まで介護を
担っていたとのこと。次女、そして三女
のSさんはすでに家庭を持ち、独立され
ています。
「お姉ちゃんは、自分がずっと親の面倒
を見てきたから“寄与分”があるって
言って、お父さんの通帳から勝手に
お金を引き出して使っているようなん
です」
Sさんの声は震えていました。
目を閉じると、静まり返った部屋で
ひとり、Sさんがスマホを握りしめ
ながら悩んでいる姿が浮かびました。
しかも、まだ遺産分割協議も済んで
いない状況。
当然、土地や建物の名義変更
(相続登記)もできるはずが
ありません。
「最終的には、お母さんに全部相続して
もらって、そこから皆で相談
して・・・
と思っていたんですけど。お姉ちゃん
がこのままお金を使い続け
たら・・・」
言葉の途中でSさんの声が途切れまし
た。そこには、姉妹間の信頼が揺らぎ
始めている不安がありました。
■ 相続で「揉める理由」は、お金そのものじゃない
相続では、家族の誰かが介護や同居など
の貢献をしていた場合、本人が「自分は
特別」と思ってしまいがちです。
しかし、寄与分が認められるには法的な
裏付けが必要であり、勝手な財産の使用
は、他の相続人との信頼関係を壊して
しまいます。
実際このケースでも、遺産分割協議が
整う前に預金を引き出したことが問題
でした。
相続登記が済んでいないのも当然で、
遺産分割がまとまっていないから。
まさに「順番」と「手続き」を間違える
と、家族の関係にひびが入るのです。
■ 解決のきっかけは「共有」と「対話」
私はSさんにお願いして、他のご家族
とも面談の場を設けました。
初回の場では、長女が少し苛立った
様子でこう口にしました。
「私がずっと一人で親の面倒を見てきた
のよ。なのに何もしていない妹たちと
同じじゃ、納得できないわ」
私は、法的な仕組みを理解できる資料で
説明しながら、三姉妹それぞれの声に
耳を傾けました。
沈黙が続いたあと、三女のSさんが
言いました。
「お姉ちゃんの気持ちはわかる。でも、
私たちだって家族だから、きちんと
話し合って決めたいんだよ」
その言葉に、空気がすっと変わったのを
はっきり感じました。
■ そして、新しい一歩へ
最終的に、三姉妹は「まずは全てを母に
相続させる」ことで合意し、その後の
分け方は母の判断と家族での話し合いに
任せる、という流れになりました。もち
ろん、その後は私が相続登記などの手続
きをサポートし、無事完了。
後日、Sさんからメールが届きました。
「姉ともようやく普通に話せるように
なりました。あの時、冷静に話を聞い
てくれて本当に感謝しています」
相続は「制度」だけでなく、
「人間関係」を整えること
相続問題は、書類や法令の話だけでは
ありません。
その奥には、家族の想い、過去の出来
事、そして“わかってほしい”という
気持ちがあるものです。
もし今、相続のことで悩んでいるなら、
どうか一人で抱えず、信頼できる専門家
に相談してください。
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